護衛艦の科長になると、自分の後輩(士クラスなど初級幹部)を指導していく責務はますます重要になってきます。
彼ら初級幹部との関係は、例え直接の上下関係があっても(砲雷長と砲術士、水雷士など)部下としてではなく後輩(自分の後に続く者)として考えていました。
海上自衛隊の(特に船乗りとしての)教育は、徒弟制度に似た部分があります。
いわゆる職人の世界で良くいわれる『技を盗む』というものです。
様々な技術的要素をいちいち教えるのではなく『見る』『まねる』『盗む』というものです。
確かにそうやって苦労して身に着けた技術や知識はしっかりと定着し、自分のものとなることに異論はありません。
これに関して、私の考え方は多少異なっていました。
ただでさえやることや覚えることが多い初級幹部に対して、特に仕事の進め方などについては自分の経験上有益だったことを積極的に教えるべきだと考えていたのです。
初級幹部が無駄なく望ましい方向へ進めるよう手を差し伸べることは、決して過保護ではないという考え方だったのです。
むしろ、彼らに任せた仕事の経過概要に意を用いず放任した結果、その期限に間に合わない事態に陥ることにこそ罪があると考えていました。
何でも教えすぎるのは良くないという雰囲気が存在するのは確かです。
ですが、最初は人から教えられたやり方であっても、見よう見まねで経験を重ねることにより、次第に自分自身の独自性を出すことができるのではないでしょうか。
学ぶというのは真似ることから始まるものだからです。
また、間違った方向へ労力をかけている初級幹部に対しては、必ず『何故間違っていると思うのか』という理由を明確に示すことを心がけていました。
昔『ダメなものはダメ』なんていうキャッチコピーがありましたが、感情に訴えるだけでは本当の得心には至らないものだと考えています。(逆に言えば理由をはっきり申し述べることに差障りがある場合は、感情論に訴えて論点をすり替えれば良いということかもしれませんが)
間違っている理由を明確にするという思考過程にこそ意味があり、その思考過程が別の問題にも対応できる柔軟性を生むことに繋がると思うからです。
では次に、自分が指導された経験上『これは、ちょっといかがなものか』と感じた事例について紹介します。
私が決裁を求めて持参した文書(電報)を一瞥しただけで床に放り投げた上司がいました。(以前はこのようなタイプの指揮官は普通に存在していたと聞き及びます)
部下の持ってきた成果物の内容が気に入らないのであれば、そう口頭で伝えれば良いだけのことです。
自衛隊での指揮官や上司という立場に関係なく、人として取るべき態度ではないと感じましたが、黙って拾って退室しました。
そのまま艦外に放り投げようかとも思いましたが、さすがに思い止まって私室のゴミ箱に放り込みました。
当時から10年以上経過した今となっては、その場で自分の思ったことをはっきりと伝えるべきだったと後悔しています。
そうしなかったために、心の中に『消すことのできない大きなしこり』を残こすことになったのでした。
数時間後、しびれを切らした上司から
「さっきの文書もう一度持ってこい」
と艦内電話で連絡が入りました。
そこで改めて、一言一句修正していない文書をゴミ箱から拾い上げて再び持参しました。(部下としてあるまじき反逆行為です。今改めて当時を振り返るとお恥ずかしい限りで冷汗が出てきます。こういう態度を『不関旗を挙げる』と申しまして海軍では厳に戒められる行為でした)
あの時、上司が投げ捨てたのは単なる文書ではなく『部下の忠誠心』と『人間関係』だったといえます。
『覆水盆に返らず』といいますが、これらは一度捨てれば修復することが極めて困難なものなのです。
反面教師という学び方もまた貴重な経験になるものだと確信しています。
その瞬間の気分は悪いのですが、少なくとも同じような思いを自分が他の誰かに与えることは絶対にしたくないという考えに至れば、決して無駄になるものではありません。
むしろ、反面教師であるほどより深く印象に残り、その後の教訓となりうるのかもしれません。
ご無沙汰しております。随分前、まだ幹部候補生学校に入る前に一度投稿させていただいた者です。
昨年11月に遠洋練習航海を終えて舞台に着任しました。
今私は自分の科長と上手くやれていません。常にプレッシャーを掛けるような物言いで、常に追い詰められるような気分で毎日憂鬱です。
もうすぐRFTが始まるのでなんとかこの状況を打開したいのですが…
何かいい方法あるでしょうか?
しばかれまくってるエンスン 様
遠洋航海を経て無事の着任おめでとうございます。
ブログを読んで培ったイメージと現実のギャップはどうだったでしょうか?
当ブログはそういったギャップを極力少なくすることを期して構成しておりますが、物事の感じ方は十人十色でありますので至らぬ点も多いかと存じます。
さて、上司である科長との関係でお悩みのご様子ですので、私見を述べさせて頂きます。
常に部下にプレッシャーを掛ける科長ですか。
恐らくその方は自分自身に余裕がないのだろうと推察します。
100歩譲って敢えて後輩を厳しく育てようという意図があったとしても、そのことが相手に伝わってない時点で科長としての資質に欠けると言わざるを得ません(自分が退官しているので言いたい放題ですね!)
従いまして、当該科長との人間関係については
『相性が悪かった』
ということで完結させることが肝要と考えます。
RFTを控えて現状を打開するいい方法はただ一つ
『自分の成すべきことを全力で成す』
このことに尽きます。
そうすればそういう貴官の姿勢を見てくれている人は必ずいるものです。
艦長や副長もそうでしょうし、海曹士もそうです。
彼らを味方にできるかどうかは、ただただ貴官の頑張り次第だといえます。
もう一つ重要なことは、科長からされていやだったことを自分が科長になった時に決して繰り返さないことです。
今の自分の気持ちをしっかりと記憶しておいて下さい。
そうすれば貴官はきっと良い科長になれると思いますよ!
今後の勤務において少しでも参考となれば幸いです。
応援しています。ガンバ!!
ふと垣間見る艦橋内でのあの「つっけんどん」な雰囲気にいつも戸惑います。体験航海ですらこうですから、平常はなおのことでしょう。特に海上自衛隊には人が集まりにくいのですから、なんとか「人を育てる」姿勢と、「シーマンに仕立て上げる」という姿勢がひつようなのではないでしょうか。今回の記事を拝見して、初級幹部の指導のあり方に大きな疑問を感じます。常々思っていたことを書いて下さって感謝に堪えません。
たくさん人がいるので、変な人もいるのは確かですが、決裁文書をぶん投げるような人はあまり偉くはなれなかったでしょうね。詰まるところは人間性ですね。
私は、初回くらいはきちんと教えてもらっていたし、自分も教えて上げていました。あとはわからなきゃ聞け。大体の人はそれで何とかなっていた気がします。
雷蔵 様
当時の上司がとった行動の真意は未だに図りかねるというのが正直な感想です。
私自身が当時の上司の年齢に近づいてきたため、改めて相手の気持ちになって考えてみると
1 人間として(生理的に)部下のことが嫌いであった。
2 部下の仕事ぶりが気に入らなかった。
3 部下を教育するために心を鬼にしてあえてこのような振る舞いを演じた。
4 他のストレスを部下に転嫁した。
1については、私も上司に対して『苦手意識』を持っていたのでそれが相手にも伝わったという可能性は十分にあります。
当時の私はまだまだ駆け出しの若造でしたので、間違いなく自分の感情が目や表情や態度に表れていたと思います。
相手が自分を嫌っていると分かれば、自分も相手を嫌いになってしまうものです。
2については、最も蓋然性が高い理由です。
上司の考えている常識と私の実力に格差があれば当然『ムカつく』ことになるでしょう。
3については、前提として『お互いの信頼関係』というコンセンサスが必須です。
ここが欠如しているのに強い指導を行えば、結果は無残なことになるでしょう。
4については、さすがにないと思いますが一応可能性ということで挙げてみました。
今ざっくりと考えてみるとこんな感じですが、もちろんどれか一つということではなく複合的な要素によるものだと思います。
上司の世代が若かった頃は、こうした厳しい指導が当たり前のように行われていたという話を聞いたことがあります。
時代が変わって私のような柔な輩が幹部として勤務していたことが間違いだったのかもしれません。
しかし、どんな時代であってもやはり『人間としての信頼関係』が不十分であれば指導の目的は達成されない思います。
部下は自らの手であり足であるのですから、自分の思うように動かないからといって切り捨ててしまってはもはや立っていることさえできないのです。
最後に片手落ちのないように補足しておきますと、上司は金銭に関して非常に清潔でしたし、自分の職責に対する真摯な姿勢など学ぶべき美点も多くありました。
ただ、私との相性が最悪だったというだけですので、その点を踏まえて記事を読んで頂ければと思います。