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朝からの長ーい卒業諸行事を無事に終了し、晴れて表桟橋から卒業しました。

ちなみに江田島ではここが表玄関で、普段使用している陸上の正門は裏口と言われております。

交通艇で江田内に停泊中の練習艦かとり(いそゆき、はまゆき)に乗り組んで舷側に整列します。

懐かしの江田島や見送りの人々に帽触れで別れを告げ、江田内から柱島沖へと向かったのでした。

 

一年という時間の中で苦しかったこと、楽しかったこと、辞めていった同期のことなど様々な思い出が胸の中に去来し感慨深いものがありました。

艦が江田内を出るその最後の岬では、お世話になった分隊長が自衛官旗を振って見送ってくれ、嬉しくて涙が出ました。

 

そんな感傷に浸っていたのもつかの間、艦内マイクで

「実習幹部集合、実習員講堂」

と一斉放送が入り一気に現実モードに引き戻されました。

 

ここで個艦幹部の紹介や今後の実習について説明がおこなわれましたが・・・

もう関係者の大部分は退官していると思いますので、時効ということで言わせてもらいますが

大変嫌な気分になりました。

要するに艦艇勤務を希望しないものは実習幹部のクズだというニュアンスが随所に感じられるのです。

年々減少していく艦艇希望者に対する焦りがそうさせたのかもしれませんが、【北風と太陽】の例えもあるように逆効果でしかありません。

もちろんこれは100%私自身の主観に基づく感想なので、全ての実習幹部がそう感じたわけではないことを付け加えておきます。

 

防大生や部内出身者の中には、

「絶対艦艇には行きたくない」

という者が少なからずいて、今までその実感が持てないままでいましたが、

「ああ、こういう雰囲気のことを言っていたのか」

と得心しました。

 

同時に幹部候補生学校入校以来、第一希望職種【艦艇】という気持ちが揺らぎ始めたのもこの時からでしょう。

この後、この気持ちが元に戻ることなく実習終了時には第一希望職種【経理補給】となります。

しかし、1年目の部隊勤務を経て再び艦艇勤務の魅力を再認識することができ、結果として艦艇幹部として勤務することになります。

 

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話しを元に戻しましょう。

幹部候補生時代の分隊編成は卒業と同時に解体され、新たに6班編成となりました。

この内4班が「かとり」で実習を行い、「いそゆき」「はまゆき」にそれぞれ1班づつ配置され実習に臨みます。

 

実習幹部時代に同じ班だった同期は、苦しいことが多かっただけに一段と親密な付き合いとなりました。

苦しい環境では、人間性がむき出しになってしまうので、それを許容できたときはより強固な結びつきになるのでしょう。

 

実習は【当直実習班】【1分隊配属】【2分隊配属】【3分隊配属】に分類され、約2週間でローテーションとなります。

そのうち当直実習班になった時が最も大変でした。

あらゆる部署訓練においても艦橋などメインの配置につくので、覚えることも多く、また時間も限られているので消化不良のまま訓練に臨み

「実習態度がなっていない」

と怒声を浴びる。この繰り返しです。

 

基本的に艦艇幹部というのは徒弟制度なので、教えてもらうというよりは見て覚えろという世界です。

実習幹部は訓練終了後、指導されたことを 【申し継ぎノート】に書き留め次回同じことを指導されないようになっています。

しかし、基本自分自身はその配置が終了してしまえば終わりなので【申し継ぎノート】の質は高くありません。(その人の性格にもよります)

 

そうすると指導する側は

「何度も同じことを言わせるな」

ということになり、怒鳴り散らす。

実習幹部はますます疲れてしまい(精神的に)、何をやってもどうせ怒られるだけだと自暴自棄になる。

そんな状況では信頼関係は絶対に生まれないので、悪循環を繰り返す。

 

とまあ、とにかく最悪の船出となりましたが、これがアンチテーゼとなり後の部隊勤務に非常に役に立つことになります。

もしかして、最初からそこが狙いであったとしたら・・・すごいことですが、深読みしすぎでしょうか?

 

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