6.16 横須賀出港

横須賀市営桟橋より、隠れるようにひっそりと出港(この頃はまだそういう時代の雰囲気でした)

最初の寄港地ハワイを目指して、一路東進します。

とはいえ、入港予定日は決まっているので、正確にいうと一路向かうわけではなく、訓練(時間調整)しながら向かうことになります。

出港後、数日すると段々海の色が変わっていきます。

もちろん天候や水深、地質などに大きく左右されるのですが、群青色、エメラルドグリーン、漆黒など実に様々な表情を見せてくれます。

やがて行きあう船舶の姿もなくなり、見渡す限り360度水平線という景色に感動しました。

もちろん夜になれば、その水平線まで全て星で覆いつくされます。

星に関していえば、そんなロマンチックな感情だけでは済まない複雑な事情(詳しくは航海実習を参照)もありますが、得難い経験であることには変わりありません。

そして、約10日の航海(地獄)の後、最初の寄港地ハワイ(天国)に到着します。

 

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6.27-7.01 ハワイ(アメリカ合衆国)

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私にとって初めての海外・・・それがこの実習で訪れたハワイでした。

カラッとしたさわやかな風と南国特有の甘い植物の匂い、青い空と海岸、トロピカルな食事、大勢の外国人、飛び交う外国語、のんびりした時間の流れなど目にするもの、触れるもの全てが新鮮で高揚感を感じました。

ここ数か月嫌なことばかりで落ち込んでいた気持ちもようやく晴れたような心地でした。

実習幹部という立場上、入港=自由時間という訳にはいかず、パールハーバーの米軍基地研修、米軍とのスポーツ交流、艦上レセプション等の公式行事が目白押しで、夕方になってようやく自由時間を手に入れることができます。

 

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ハワイは帰路にも寄港する予定になっていることから、往路の寄港では基地内で過ごすことが多かったです。

とはいえ、パールハーバーはかなり規模の大きな基地ですから、様々な施設が整っています。

EXCHANGE(売店)で買い物したり、床屋で散髪したり(たしか5ドルだった)、マクドナルド(日本とは味とサイズが異なる)に行ったり、レストランで食事したりと飽きることはありません。

元々軍人のための施設であるため価格が安い上に、当時は円高で1ドル90円くらいの換金率でしたからとにかく全ての物が格安に感じられました。

そんなハワイでしたが、今でも最も印象に残っていることは島内研修中に日本人観光客(若い女性のグループ)に遭遇した時のことです。

「何これ、自衛隊?やだーキタナーイ。私たちのハワイが汚れるー。」(一言一句原文のまま)

「・・・」

言いたいことは山ほどありましたが、グッとこらえて静かにその場を立ち去りました。(制服着てますしね)

主義主張は色々あるでしょうが、なんとも情けない気持ちで一杯になりました。

日本人だけじゃないでしょうか?自国の軍隊に敬意を払わないのは・・・(失礼!軍隊じゃなかった・・・だからかも)

20年も昔の事ですが、未だに耳の奥にこびりついて離れません。

 

7.09-7.12 サンディエゴ(アメリカ合衆国)

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ハワイに引き続き、アメリカ合衆国西海岸のサンディエゴに入港です。

映画「TOP GUN」でトム・クルーズがバイクで走ったあの桟橋などもあります。(と同期に言われ写真を撮ったが、正直そんなに感動はなかった)

サンディエゴでは、やはり基地研修や各種レセプションなど公式行事に追われて過ごしていたが、楽しみしていたツアーがありました。

それはロスアンゼルス・ツアーです。

行き先はなんとユニバーサル・スタジオ、リトル東京でした。(しかも私服OK)


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ほとんど自由時間のない我々にとって、ほんのつかの間ではあるが自由を感じることができました。

ハワイとはまたちょっと違う、アメリカ本土の底知れないパワーを感じるとともに、

「今は同盟国で良かった」ということと

「昔の日本人は己の正当性を主張するために、よくぞこの大国に立ち向かったものだ」

と改めて考えさせられました。

100%の正義も不義も存在しないし、ましてや戦争の勝敗は正義の度合いによって決まるものでもない。

負けると分かっていてもなお戦うことを無謀というか気骨というか。

当時の日記にはそんな風に書いていました。

様々な思いを胸にアメリカの大地を後にしました。

 

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