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『伝統墨守唯我独尊』というのは海軍の性格を表す言葉であるとともに、海上自衛隊の体質を表す言葉でもあります。

どちらかというと揶揄する意味で使われているのですが、一概に悪い面ばかりでもないと考えています。

伝統墨守というといかにも古臭い慣習に囚われているようですが、墨守するべき伝統も確かに存在するのです。

 

伝統の継承とは簡単に言えば、先輩から教わったことを後輩に引き継いでいくことなのですが、有形無形様々なものがあります。

その中でも、私が最も気にかけていたことの一つが『人からしてもらって嬉しかったことを、今度は自分が別の人にしてやること』です。

実例を挙げて説明しましょう。

 

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護衛艦の航海諸訓練においては想定による緊急事態を発生させ、それに対応するため適切な『部署』を発動して総員配置に就けます。

これによって、緊急事態に挙艦一致して対応する態勢を確立するのです。

航海長は総員配置になると艦橋において航海指揮官として配置され、艦の航行に関して権限を委任されることになります。

 

各種訓練が午前午後と隙間なく計画されていると、航海長は一日のほとんどの時間を艦橋で過ごすことになります。

各部と連携するために『無電池電話(サンドパワー)』と呼ばれる通信機器を装備し有線で繋がれ、艦橋内を右往左往する様はさながら犬小屋に繋がれた犬の様であります。

こうやって、終始立ちっぱなしで一つの訓練が終了して部署を復旧しても、またすぐに次の訓練の準備のため連続して操艦し続けることも珍しくありません。

まさに、トイレに行く暇さえない状況に陥ることもあります。

 

こういう時、他の運航幹部から

「航海長、ちょっと休憩してコーヒーでも飲んでくれば?」

と交代の申し出を受けると本当に嬉しいものでした。

このように表現すると大袈裟に感じるかもしれませんが、ほんの5分10分でもそうやって休憩できると生き返った心地がするものです。

苦しい時に受けた恩は、どんな些細なことでもいつまでも心の中に暖かく残るものです。

 

もちろん交代を申し出る幹部は、自分の休憩を犠牲にしなければなりません。

ですが相手が喜んでくれるのを見れば自分も嬉しくなりますし、その相手がまた他の誰かに同じように配慮すれば艦全体の雰囲気は相乗的に良くなってきます。

現在勤務している艦を転勤しても、新たな艦で同じように振舞えばそこでも良い伝統が継承されていくでしょう。

まさにWin-Winの関係だといえます。

 

過去を振り返ってみて、これが最も積極的に行われたのが護衛艦「さわぎり」で勤務した時だったと思います。

遠洋航海中は通常航海直という体制で航海するのですが、この通常航海直における当直士官(5名)のうち私は最先任幹部(最も古株)でした。

その最先任という責務において、良き伝統を継承するため機会を見つけては積極的に交代するという習慣を定着させたかったのです。

 

最先任幹部がそういう態度であれば、他の運航幹部も必ず影響されます。

「さわぎり」では、早い段階からお互いがお互いのWatch(当直)を気にして、最大非番直(次の立直時間が最も離れている者)の幹部が率先して交代を申し出るようになりました。

特に武整長(武器整備長)の行動は素早くて、私が艦橋に行っても既に武整長が交代済みだったことも度々ありましたし、そうしている間にも他の幹部が交代を申し出て艦橋に来るという状況でした。

 

こういう『ちょっとした心遣い』が士官室の雰囲気を明るくしていたと思いますし、実習幹部にもこういう部分をこそ学んでいって欲しいと考えていました。

そして彼ら実習幹部がまた後輩に同じように伝えてゆく。

是非とも墨守してゆきたい海上自衛隊の伝統の一つだといえないでしょうか。

 

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