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本記事は護衛艦『せんだい』における通信士としての勤務を分析したものである。

 

自分で自分のことを『飛躍した』というのは少々面映ゆいが、これは自他ともに認めるところであって、実際に初任幹部として着任した『せんだい』通信士の勤務を終えて転勤するに際し、5級賞詞(職務精励)を頂いている。

 

当時士官室の皆様からは

『一年目で賞詞をもらうなんて異例なことなんだぞ』

と再三にわたって言われたが、その時はピンと来なくて

『そーなんですか?』

と答えていたことを覚えている。

(この辺りのいきさつや『賞詞』については別途記事にしたいと思う)

 

若いくせになんだか冷めたヤツ(あるいは有難みを理解しないヤツ)だと思われていたに違いない(笑)

 

通信士としての毎日をどんな思いで勤務をしていたかについては本編(過去記事)を読んで頂くとして、今回の記事の目的は『自分がやる気を出し評価されるに至った要因』を抽出し分析することにある。

そもそも期待されていなかった!?

自衛官には指揮権が誰にあるかを明確にするため『序列(海軍ではハンモックナンバー)』というものがあり、初級幹部のそれは主に幹部候補生学校と練習艦隊の成績によって決定される。

 

本編でも紹介済みだが、その2つの教育機関においてお世辞にも全力を尽くしたとは言えない私は、当然のことながら序列下位のグループに属していた。

 

当時の私は『至誠に悖る(もとる)なかりしか』から始まる『五省』を目にするたびに、心にチクリと刺さるものを感じる劣等生だったからだ。

 

そんな自分が最初の部隊配属で地方隊所属の護衛艦とはいえ、『通信士』に任じられるとは夢にも思っていなかった。

 

なぜなら、初任幹部で『通信士』に配置されるのは優秀な者だけだというイメージがあったからだ。

 

ともあれ、私のとって『期待というハードル』が著しく低かったことが、評価を受ける上で有利な材料だったのは間違いない。

 

期待されていなかった人間は普通のことをしただけで

『おっ、意外と使えるな』

という評価を得ることができるからだ。

 

これに比べると艦隊旗艦などに配置されたエリート通信士たちはなかなか大変そうだった。

 

私の目から見ても明らかに普通以上の働きをしながら

『なんだ、その程度か』

といった目で見られるからだ。

(当時の同期会において本人たちの愚痴を総括したイメージ)

 

もっと酷いのになると

『貴様、それでも防大か!』

などといった類のものもあった。

 

やはり、防大出身者に対する期待がそう言わせるのだろうが、これは一般大出身の私にとってハードルを下げるもう一つの要因だったといえるだろう。

地方隊所属の護衛艦勤務だったこと

次に、最初に配置されたのが地方隊所属の護衛艦だったことによるメリットついて述べてみたい。

 

艦隊所属の大型艦には同期が複数名配置されており、いつも羨ましく感じていた。

 

一方で地方隊の小さなDE(『せんだい』は基準排水量2000トンの小型艦である)は、士官室の定員そのものが少なく、初任幹部が同期と一緒に配属されることはなかった。

 

このことについて当初は寂しく感じていたが、よくよく考えてみると比較される対象がいないというのはある意味ラッキーなのである。

 

自分がどんなに頑張っても、その上をいく同期が同じ艦にいれば相対的に評価が下がってしまうものだが、地方隊ではその心配がないのだ。

 

もちろん『困った時の同期頼み』という伝家の宝刀が使えないデメリットもあるが、私にとっては独立心を養う好機だったといえる。

(後に同期と同じ艦に配属される機会があったが、何かと助け合うことが多く同期の有難さを実感することになる)

 

幹部候補生学校や練習艦隊などの教育機関とは異なり、

『その他大勢の中の一人』

から

『その艦で唯一の存在』

となったことで、急速に幹部としての自覚(あるいは社会人としての自覚)が芽生えたように思う。

 

その人の『ヤル気スイッチ』はどこに隠れているか分からないものであるが、私のは『独立心』というところについていたようである(笑)

艦長に目をかけて頂いたこと

これも本編やその他の記事で再三述べていることだが、最初にお仕えした艦長は本当に凄い人だった。

 

心技体の全てにおいてバランスが取れており

『現代の日本にこれ程の人材がいるのか』

と心震えるような感動を覚えた最初の人物である。

 

その艦長の部下に対する評価基準は

『自分の能力を出し惜しみしないこと』

にあったと考えている。

 

だからこそ、通信士をはじめとしていくつもの係士官を兼任しながら奮闘していた私に目をかけてくれたのだと考えている。

(通信士という配置は、特に航海中において艦長のそば近くに近侍しておりマスコット的な要素も強い)

 

それぞれの職務における完成度は優秀な同期に比べれば低かったはずだが、与えられた職責に対し能力ギリギリまで頑張っていることを認められていたのだろう。

 

逆に自分の職責を理解せず、全てを丸投げにするような幹部には非常に厳しい方だった。

 

もちろん人間同士のことなのでどうしても相性に左右される部分もあるだろうが、指揮官としては当然の見解だといえる。

 

私が艦長に対して抱く尊敬の念とは全く真逆の印象を持つ幹部も同時期に存在していたのである。

 

自衛隊に限らずどんな組織においても、同一人物に対する評価(印象)が常に一定とは限らない良い例である。

直属の上司が丸投げするタイプだった

先程紹介した艦長と相性の悪い幹部が、実は私の直属の上司であった(笑)

 

別に性格が悪い人間ではないのだが少々気が弱い感じの人物で、自分の意見をハッキリ主張できないことが多く、そういう小さな積み重ねが艦長からの信用を失うことに繋がっていたように見えた。

 

そういう事情もあって

『俺はあの艦長苦手なんだよ』

『通信士、お前は艦長に気に入られているから代わりに報告してきてくれよ』

などと次第に消極的になっていったのだろう。

 

心の中で

『いや、それはダメやろ』

と思いながらも、直属の上司であるので指示には従う。

 

しかし、当然のことながら艦長に

『責任者本人に報告させろ(怒)』

と言われることになる。

(そりゃそうだ)

 

なぜ自ら事態をこじらせようとするのか当時は不思議でならなかったが、人間の相性というのはそういうものなのかもしれないと今では少し分かる気がする。

 

しかし、この丸投げタイプの上司にお仕えしたことが、結果としてその後の勤務の糧となる大きなアドバンテージを構築する機会になったと感謝している。

 

最初は

『また丸投げかよ』

と内心眉をひそめたが、次第に裁量権があることの有難さに気が付くようになった。

 

特に分隊人事に関する諸業務においてはそれが最も顕著で、この2年後に分隊長となった時になんの不安も感じなかったのは、この時の勤務経験によるところが大きい。

 

また、私個人の特性として事細かく指示されながら仕事するよりも、自己責任付きで丸投げしてもらった方がやる気が出るということを正しく理解することができた。

 

そこまで私の性質を読んだ上での丸投げであれば脱帽ものなのだが、事実はそうではないのが少々残念である。

頑張っているらしいという評判

当時の佐世保地区では

『松吉がスゲー頑張っているらしい』

と評判になっていた。

 

その背景には

『へえ~、あの松吉が?』

という意外性が多分に含まれている(笑)

(試験の前でも決して延灯などせず、消灯ラッパは常にベッドの中で聞く派だったので)

 

実はこの良い評判の出所をたどると艦長に行きつく。

 

『ウチの通信士は本当によくやっている』

という主旨の発言を、指揮官の集まりなどで言及してもらっていたのだ。

 

『自分が褒められていることを間接的に耳にすると士気や忠誠心は著しく向上する』

 

これは自分の経験から得た大きな教訓である。

記事のまとめ

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いかがだったでしょうか?

 

本日は自分の人生史上において、最もよく働いたと認識している初任幹部時代のエピソードを分析してみました。

 

人間はやはり『ヤル気スイッチ』を押されると、少々きつくても頑張れるものだと思います。

 

しかし、この『ヤル気スイッチ』は一体どこについているのか自分でも良く分からないのが困ったところです。

(むしろ、自分自身のことだからこそ分かり難いのかもしれません)

 

できるだけ早い時期にそれがどこにあるのか見つけることはとても大事なことだと思います。

 

それが早ければ早いほど、可能性が広がるワケですから。

 

また、上司や先輩となった時に部下や後輩の隠れた『ヤル気スイッチ』を発見し、それを上手く押してやることも同様に大事なことです。

 

個人の力を引き出すことは即ち組織全体の力を高めることに直結するわけですから、組織の中堅として求められている役割の一つであることは間違いありません。

 

・・・などとちょっと偉そうな感じで結論が出たところで、今回の記事を締めくくりたいと思います(笑)

 

本日もここまで記事をお読み頂きましてありがとうございました。

 

また、次回の記事でお会いしましょう。

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