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在職中に居住経験のある官舎について紹介します。

横須賀

長井宿舎

てしお水雷長

入居時はなんと新築であったが、反面接着剤の臭いがなかなか抜けず悩まされることに・・・

室内扉の色は、なぜかパッションピンクだった。

これにより室内はポップなイメージに…(こんな派手な内装は、後にも先にもこの宿舎のみであったが)

三浦半島の相模湾側に面しているということもあり、護衛艦勤務の者(吉浦、田浦方面勤務)にとっては通勤が厳しい。

当時はバイクで通勤していたので普段はさほど苦労しなかったが、歓送迎会など飲酒が予定されている場合には、バスで京急三崎口まで行って京急に乗継となり、かなり時間を要することとなる。

また、当時は夜間暴走族の爆音がひどかった。(海が近いからかな?)

天気の良い時などは、相模湾越しに富士山を望むこともできた。

 

走水宿舎

プログラム業務隊

付近には観音崎京急ホテルなどもあり、ちょっとしたリゾート感覚。

しかし、当時でさえ築40年以上であり、老朽化を理由に大蔵省が手放した宿舎を海自がもらい受けたと聞いたことがある。

間取りは3Kであったが、台所に付随する3畳のスペースを部屋としてカウントするならばという条件付きである。(実質2K)

元々洗濯機を室内に設置することが前提ではないので、浴室手前のスペースに無理に設置すると、入浴のたび大事な部分を洗濯機にこすりつけながら浴室に向かうことになる。

構造が古いのにも関わらず、外壁の全面塗装工事が行われたことにより、全ての湿気が建物内に閉じ込められ、かつ1Fに位置する我が家の内壁は常に水滴が滴っていた。

鍾乳洞の中をイメージしていただければ良いだろう。(気分はオオサンショウウオ)

これにより、玄関の下駄箱はカビだらけになり、所持していた革靴等は全て処分することとなる。

最大の利点としては、家賃の安さであろう。

当時5千円+税程度の支払いだったと記憶している。

初めての陸上配置で乗り組み手当が無くなったため、この低家賃はありがたかった。

しかし、敷地内駐車場が圧倒的に少ないため、付近にある民間駐車場を1万5千円で借りていた。(涙)

最寄りの駅は京急馬堀海岸駅であるが、駅まではバスを利用する必要がある。

この当時は自転車通勤だったので、通勤に関していえばあまり影響はなかった。

夏は土日に海水浴客によって周辺道路には大渋滞が発生し、車で外出することは極めて困難な状況と化す。

そのため、無理にでも早朝からお出かけするか、平日のうちに食糧を買い込んで土日は籠城するかの2択となる。

 

馬堀宿舎

はたかぜ水雷長

立地的には馬堀海岸駅まで徒歩10分程度と最高である。

以前住んでいた走水宿舎に比べると全てにおいて利便性が高い。

最寄り駅まで歩いて行けるということは、買い物に車を必要としないということでもある。

自転車も走水だと一山超える必要があるが、馬堀の場合、勤務地の吉倉岸壁までほぼ平地を通って通勤できる。

また、駅に向かう途中にある『串焼き南』は、普段外で飲むことを好まない私にとって珍しく(唯一)行きつけだった店である。

フォアグラのようなレバー串とパリパリの鳥皮は、思い出しただけでもヨダレがでそうである。

私にとって文句なしの横須賀地区ナンバーワン官舎である。

 

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佐世保

今福南宿舎

第2護衛隊隊付~さわぎり砲雷長

本来は指揮官優先であるが、家族帯同者であることから入居できた。(司令、艦長など単身者が多いため、管理人要員)

立神岸壁まで徒歩10分と通勤には最高の立地である。(総監部地区への通勤にも便利)

指揮官官舎は何かと気を使うと敬遠される傾向があるが、当時居住されていた指揮官の方々は、紳士揃いで何の問題もなかった。

自衛隊生活で最も苦しかった勤務と、最も楽しかった勤務を経験した思い出の深い官舎である。

 

舞 鶴

特借宿舎

しまかぜ機関士

特借宿舎とは特別借上げ宿舎の略称で、要するに民間アパートを特別に借上げているのである。

結婚して官舎の入居申請をしたものの、昇任したばかりの2等海尉ということもあり、なかなか許可が下りなかった。

一度はあきらめて民間アパート契約したのだが、その直後に補給長の計らいで特借宿舎に入居できるようになった。

ちなみに、この民間アパートは一度も住まずに解約したが、礼金(家賃の10か月分!)が戻ることはなかった。

京都府は不動産の敷金礼金が以上に高いのである。(勉強代としては高すぎる)

 

余部宿舎

ちくま航海長

北吸岸壁への通勤を考えると、つつじヶ丘宿舎に軍配があがるが、余部宿舎は比較的初級、中級幹部が多いので気分的には楽である。

また、道路から少し奥まっているので、相当に静寂である。

舞鶴地区は部隊の規模も小さく、岸壁、総監部地区、官舎が集約されているので勤務しやすい環境にあるといえる。

付近には商業施設はない(付近だけではなく、街自体に少ない)ので、車は生活必需品である。

 

大 湊

宇田下宿舎

大湊地方総監部 防衛部第3幕僚室

ここも指揮官優先だったような気がするが、家族帯同者ということで入居できたと記憶している。

個人差はあるが、3等海佐になるころから自宅を購入して単身赴任することが多くなるようだ。

単身者ばかりでは、官舎運営上都合が悪いこともあるので、家族帯同者は歓迎される。

ここは、総監部地区まで徒歩10分という最高の通勤利便性を誇っており、特に冬季は積雪により交通手段が限定されることから、その恩恵は大きかった。

冬季といえば、釜臥山スキー場までもやはり徒歩10分程度であるため、自宅からスキーブーツを履いて、スキーを抱えて直接ゲレンデに行くことができる。

そういう意味ではリゾート型官舎ともいえる。

ちなみにこのスキー場は、海を眺めながら滑走できる全国でも稀有なスキー場である。

 

江田島

大原宿舎

幹部中級水雷課程

中級の学生は、この大原宿舎という不文律があったように思う。

付近には商業施設など皆無であり、車がないと生活は困難である。

その代わりと言ってはなんであるが、『国立江田島青少年の家』まで車で5分である。

オムニのテニスコートが6面あり、その使用料はなんと無料である。

土日も含めほぼ毎日通い、体力錬成と技量向上に努めた。(他に娯楽がないということもあるが)

また、ここは退去時の点検が厳しいことでも有名である。

一例をあげると、カーテンレールについているプラスチック製のランナーを取り外して漂白し、ラップで包んで輪ゴムで止めるなど。

自衛隊らしいエピソードの一つとして、紹介すると必ずウケる鉄板ネタである。

 

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