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自衛官の忠誠心はどこに向けられるべきでしょうか?

本音部分とあるべき論を交えながら考えてみたいと思います。

自衛隊は民主主義国家である日本の武力集団である以上、最終的にその忠誠心は国民に帰結されるべきものであることはいうまでもありません。

まず、この部分においては疑う余地はありません。

しかし、日常の勤務において、そのことを意識するにはあまりにも概念的かつ抽象的に過ぎると思います。

 

そこで、もっと具体的な対象として、個人としての指揮官に対する忠誠心について考えてみたいと思います。

自衛隊の最高指揮官(最高指揮権を持つとされる役職)はいうまでもなく内閣総理大臣です。(憲法及び自衛隊法の規定による)

ですが、現場の人間にとっては遠い存在でしかありませんし、通常は意識すらしていません。

 

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では、最も身近な直近の指揮官に対する忠誠心についてはどうでしょうか。

個人としての姿が見えるだけに、より具体的にイメージできると思います。

 

ただ、個人の資質(パーソナリティ)に対する忠誠心なのか、役職に対する忠誠心なのかということについては注意を要するところであります。

あるべき論から先に申し上げれば、もちろん役職に対する忠誠心こそが組織として正しいあり方だといえます。

ですが往々にして、個人の資質(パーソナリティ)が強い影響を与えることが多いのではないでしょうか。

 

つまり、優れた指揮官に仕える時と、そうでない指揮官に仕える時とでは発揮される忠誠心の量的質的な差異が少なからず存在するということです。

そして、そういう心情は業務の結果に対し、より多くの影響を与えるということです。

それは何も自衛隊に限ったことではなく、どんな組織にも共通して言えることでしょうが。

 

『この人のためなら』と思える上官にお仕えするときは、どんなに困難な勤務環境にも耐えうるし、その結果より望ましい成果を得ることができるということです。

でも、ホントはそれじゃダメなのです。

また、個人的な崇拝は私党結成にも通じ、厳として戒められるべきものであります。

指揮官の交代によって発揮可能戦力が著しく増減してはならないのです。

 

以上、あるべき論を理解した上で、私個人の実態はどうであったかというと・・・

思いっきり個人の資質(パーソナリティ)に影響されていました(汗)

 

幸いにして、在職中お仕えした指揮官各位は、例外なく優れた資質を有する方々でしたので、その能力に対する疑義を抱いたことはありません。

ただ、好き嫌いという感情的な部分はやはり存在しました。

もっとも、これは以心伝心というか、お互い様という部分はあると思いますが。

相手の表情、声音、態度など様々な要素から、感情の所在は想像できますし、敏感に感じることができます。

 

そういう時こそ、

「個人に仕えているのではない、役職に忠誠心を捧げるべきだ」

ということを自分に言い聞かせて、乗り切る必要があるのです。

 

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