dr_jekyll_and_mr_hyde1

 

武力集団の指揮官に求められる人格とはどういうものでしょうか。

この問題について、あえて単純化してシンプルに考えてみたいと思います。

 

味方の視点では部下に対する温情や自分を律する厳しさなどあらゆる面で高潔な人格が必要不可欠です。

と同時に味方に対しても非情を持って臨まねばならない事態も生じます。

一方で敵側からの視点では掴みどころのない不気味さ(悪く言えば狡猾さ)を備えなければなりません。

ただし、敵に対しても非道であってはならないというのもまた事実でありましょう。

 

指揮官にはこのように相反する人格の同居が求められているといえます。

これは必然性を感じながらも、実現するのが難しいテーマではないでしょうか。

 

Sponsored Link

 

海上自衛隊の指揮官

海上自衛隊の指揮官には知勇徳のすべてを備えた人格者が数多く実在しています。

それはある意味芸術作品ともいうべき方々です。

しかし、それは最初からそうであったわけではなく、長い時間や経験及び本人の努力によって研磨されて完成したものであります。

将来的に華を咲かせる資質というものは実は誰しもが潜在的には有しているのですが、覚悟をもって臨むか否かで数十年後に大きな差が生じるわけです。

 

私が海上自衛隊で勤務した13年という限られた時間で、しかも限られた職域の中においてもあれだけ多くの尊敬すべき指揮官にお仕えできたということは、潜在的にはもっと多くの素晴らしい指揮官が存在していることを示唆しています。

そして、私が民間に復帰して10年が経過しても、そのような人間として尊敬できる人格者に遭遇する機会は残念ながらありませんでした。

ただし、民間では『営利活動』という生臭い行為と無縁ではいられないので、そこは十分に考慮するべきだと思っています。

自衛官はそのような『営利活動』と無縁でいられることから、理想的な人格者足り得る環境にあるといえるのです。

 

問題点と解決策

Sponsored Link

 

最初に述べた指揮官に求められる人格を一個人で実現しようとすれば、悪くすれば人格が崩壊する恐れさえあります。

それを補うのが幕僚システムだと考えています。

これが見事にはまった例は、日本海海戦における『連合艦隊司令長官東郷平八郎』と『作戦参謀秋山真之』の名コンビなのかもしれません。  

指揮官は象徴であり、幕僚は実務を引き受ける。

幕僚は冷厳に現実を考慮して非情であっても最も効果的な作戦を立案し、指揮官は清濁の区別なく腹に飲み込む。

この組み合わせが有事にはまれば素晴らしい結果を残すことができます。

 

組織の実情は指揮官配置と幕僚配置という性質の異なった配置を交互に経験しながら昇進していくのが一般的です。

その人の持つ性質によって『指揮官タイプ』と『幕僚タイプ』に大別されるとしても、どちらかだけに偏った配置になることはありません。

(他にも『学者タイプ』『評論家タイプ』などいくらでも細かく分類することは可能ですが)

平時においては『幕僚タイプ』の方が実務処理に長け、如何にも優秀に見えます。

しかし、有事には『指揮官タイプ』をトップに据えることが勝利への絶対条件だといえます。

 

指揮官と一口にいっても、組織全体の指揮官から護衛艦などビークル単位の指揮官まで千差万別ですが、過去の事例をみても有事に『指揮官タイプ』を備えた組織や部隊は非常に大きな戦果を挙げています。

逆に『幕僚タイプ』が指揮して惨憺たる結果を招いた事例もあります。

このような戦訓を生かし、平時と有事の人事を切り替えるシステムこそが最終的な勝利への絶対条件だと考えています。

ただし、日本人的な思考特性と真っ向から対立するシステムであることが悩みの種ではあります。

 

Sponsored Link