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東郷平八郎元帥の場合

かの日本海海戦において、空前の大勝利を収めた東郷平八郎元帥が連合艦隊司令長官に推された時のエピソードは有名です。

時の海軍大臣である山本権兵衛によって明治天皇に推挙されたその理由とは

「東郷は運のいい男ですから」

というものだったといわれています。(諸説あり)

 

当時、舞鶴鎮守府長官(閑職と考えられていた)で定年5分前の状態であった東郷元帥を起用する理由としてはあまりにも論理性を欠いたものでしたが、結果からみれば大成功だったといえるでしょう。

もちろん東郷元帥の性格的な要素やその他にも様々な理由(実際のところは、実戦経験が豊富で国際法にも明るく冷静な判断力に定評があったため、戦時の指揮官として適任だった)はあるのですが、持って生まれた『運』というのは確かに存在すると思います。

日本海海戦を勝利に導いたということもそうですが、何よりも戦死しなかったということがそれを証明しているのではないでしょうか。

圧倒的勝利といわれている日本海海戦ですが、いわゆる『東郷ターン』で敵前大回頭した際には、艦列の先頭を航行する旗艦三笠に敵の砲弾が集中してかなりの損害を受けています。

東郷元帥は艦橋のトップ指揮所にいたわけですから、秋山真之ら参謀とともに敵弾によって吹き飛ばされ戦死する可能性もあったわけです。

この一つの事実をもってしても何か人知を超えた不思議な力、いわゆる『運』というものを感じます。

 

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山本五十六元帥の場合

時代を変えて、同じく戦時の連合艦隊司令長官を務めた山本五十六元帥の場合はどうだったでしょう。

緒戦で戦果を挙げながらも、最後は敵によって搭乗した航空機が撃墜され命を失っています。

これも暗号が解読されていた結果、山本元帥の飛行経路が米軍に把握されていたことや護衛の戦闘機を最小限にするよう自ら命令していたことなどの要素によって起こった必然とも言われています。

ですが、山本元帥は墜落した航空機の中で座ったまま絶命していたという資料もあり、死因は墜落によるものではなく敵機の機銃による銃創だったともいわれています。

これが本当であれば、長官を守るため機体を損傷させることなく不時着させた海軍パイロットの技量と努力は想像を絶するものがあります。

またこの事実から、もし敵機の銃弾に当たらなければ戦死することはなかったのではないかと思うのは私だけでしょうか。

ここにも、やはり人の持つ『運』という要素を感じずにはいられません。

 

海上自衛隊指揮官の場合

現在の海上自衛隊指揮官も『運』という要素から逃れることはできません。

見識人格ともに指揮官として申し分ない人物でも、何らかの事件事故に巻き込まれその後の経歴に影響が及ぶ例はいくらでも見つかります。

責任をとるということが重要な役職にある者の務めだとは思いますが、正直こんなことにまで責任が及ぶのかという事例もありました。

さすがに、この場では憚り(歴史として語るには時間的熟成に欠けている)があるので事例の紹介は控えさせて頂きますが、あたら有能な人材を有効活用できないことは本当に惜しいことだと思います。

しかし、それも含めて本人の持って生まれた『運』なのかもしれません。

 

まとめ

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今回は『運』について論じてきましたが、あくまでも指揮官としての『運』という前提に過ぎません。

いわば長い人生の中でスポットの当たった瞬間の『運』でしかないということです。

人物の評価とは、棺桶に入るその瞬間まで決まらないものです。(死後も歴史上の解釈によって評価が変化しますが)

『人間万事塞翁が馬』ということわざもあるように、生き延びることや栄達することが必ずしも幸運ではなく、死ぬことや左遷されることが不運と決まったわけでもありません。(生きて晩節を汚すことはままありますし、日本人は死者に対しては寛容な特性を持っている)

それは自分自身を振り返ってみても良く分かります。

最大の不幸ともいえる事件事故も、その後の人生の糧となっていることを考えると、逆境こそ最大の幸運ではないかとさえ思えてきます。

少なくともその人物の『運』を語るためには、瞬間の『運』だけでなく人生全般の『運』を総括してみる必要がありそうです。

 

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