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先の大戦における敗戦の一因として、

『陸海軍首脳部の成績至上主義に基づいた人材登用による思考的硬直化』

ということがしばしば取り上げられています。

 

この種の指摘の裏側には

「学業優秀な頭でっかちのエリートたちが、日本の進むべき道を大きく誤った」

という主旨が隠れており、

「だから自分たち一般国民は騙されていただけで、被害者に過ぎないのだ」

という一種の責任転嫁ともいうべき詭弁に繋がっていきます。

今回はその成績至上主義の功罪と海上自衛隊における成績至上主義の影響について思うところを記事にしてみました。

 

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成績至上主義の功罪

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言うまでもなく成績至上主義の弊害は現代においても存在しますし、それがもたらす結果の中には取り返しのつかないものもあります。

自分は選ばれたエリートなのだという意識が『面子』と結びつく時、非常に厄介な状況を生みだすこともあります。

ただし、家柄や身分など本人の努力ではどうしようもない出自によって将来が決まってしまう前時代的な社会構造に比べれば、その害は極めて少ないものだといえるでしょう。

現時点において学業成績の優先は、個人の努力によって結果を変えられる可能性を秘めている分だけ、より公平性を維持していることに疑いはないといえます。

 

以前の記事にも書いたとおり、海上自衛隊においても序列を決定する要素として各種学校での成績が大きなウェイトを占めています。

幹部候補生学校、遠洋練習航海実習、幹部中級課程は、職種(特技)に関係なく全員が等しく通過する課程ですので、3等海佐昇任までは主としてこの期間の成績が用いられています。  

学校成績が優秀な者ほど序列も上位となり、責任ある重要な配置に就く傾向があることは間違いありません。

 

改めて考えてみるまでもなく学校成績が良いということは、等しく与えられた環境の中で『必要なインプットを選定し求められるアウトプットができる能力』に長けているということです。

必要な情報を記憶し判断して行動するという基本的かつ重要な能力に長けているということですから、この能力を評価するのは当然だといえるでしょう。

しかも、怠惰の誘惑に打ち勝ってたゆまず努力を続けられるという美点も評価されるべきです。

独創的な発想も実は基礎的な思考という基盤があってこそ成り立つものだと考えています。  

そうやって考えると学校の成績によって評価することは『人事の公正さ』という点で極めて妥当な手段だといえるでしょう。  

 

実際は絶妙なバランス感覚が働いている

 

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では、最初の学業成績だけで将来が決まってしまい、その後の部隊での勤務内容が全く評価されないかといえばそんなことはないと断言できます。

全員に受験資格及び受験義務のある『指揮幕僚課程』というものがあり、そこに選抜されるか否かで将来の配置や昇進に影響があることは確かです。

しかし、海上自衛隊においては『指揮幕僚課程』の修業さえも絶対的なものだとは言い切れない側面を持っています。

(他幕は少々事情が異なるという話を聞いたことがありますが)

 

短い期間で転勤を繰り返すことは、多くの上司、同僚、後輩、部下のフィルターを通過することになりますから、単に学業成績だけが良かった者はその過程において自然に淘汰されていきます。

逆に学業成績ではパッとしなかった者もその人柄や勤務経験を評価され重要な配置に就くことは往々にしてあることです。

私ごときが言うのもおこがましいことではありますが、将官をはじめとする多くの先輩たちを目の当たりにして思っていたのは

「絶妙なバランス感覚のある公正な組織だなぁ」

ということでした。

なるべき人物が就くべき配置に就任している組織が海上自衛隊だと感じていました。

 

現在でも同期たちと話をする機会がありますが、二十数年勤務してきた彼らが一様に口を揃えていうことは『人事の公正さと適材適所』についてであります。

何よりも当事者が『人事の公正さ』を自覚していることこそ特筆すべき美点だといえるでしょう。

 

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