小説版『航跡』

 

しばらく更新が滞ってしまい申し訳ありません。

現在、かねてより公約している『通読できる物語』を日夜執筆中であります。

とはいえ、このままでは『やるやる詐欺』のようになっていますので、

「ちゃんと書いてますよ」

ということを証明するために、冒頭の部分を少しだけご紹介したいと思います。

ブログ記事の執筆とは勝手が違い試行錯誤を繰り返しておりますが、なんとか完結できるよう頑張ります。

先ずは幹部候補生学校の生活から遠洋航海の実習までの物語を『教育期間編』としてお届けする予定ですので、興味のある方はどうぞお楽しみにお待ちください。

 

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第一項 大学卒業

 その日の福岡はうっすらと曇り空が広がっていた。
 
 そんな天気とは対照的に、キャンパスのいたる所で女子学生たちの着用した色とりどりの美しい着物の華が艶やかに咲き誇っていた。
 
 これに対して男子学生たちは、いたって地味なダークスーツに身を固めていて、それはあたかも今日まで自分たちが謳歌してきた自由との永遠の決別に必要不可欠な喪服のようでもあった。
 
 この日の空はそんな彼らの気持ちを代弁していたのかもしれない。
 
 
 平成四年三月二十五日。
 
 福岡県福岡市にある西南学院大学では卒業式が執り行われていた。
 
 しかし、式場で述べられる祝辞を聞いていても、同級生たちと話をしていても、僕の心はどこか虚ろだった。 

 四年間という長い時間の中で自由を謳歌してきたのは間違いない事実だったが、結局のところ自分はここで何も成していないということを感じていたからだろう。
 
 
 四年前、この大学に入学が決まった時は本当に嬉しかった。
 
 自分としては相当の努力をしなければ入学できないレベルの学校だったということもあるし、何よりも目標を持って真剣に努力を重ね結果を出すという小さな成功体験を得たことに満足感を覚えていたからに他ならない。
 
 そんな大きな希望を持って入学した大学での学生生活であったが、自分の想像していたようなものではなかった。
 
 もっともこれは自分自身の思考や行動に起因していることなのだが、小さな出来事の積み重ねが大学生活に対する興味を奪っていったのである。
 
 自らの講義を『砂漠に水を撒くような仕事だ』と自嘲する教授、何かにつけて酒を強要するサークル活動、同級生たちとの中身のない表面的な会話、講義とアルバイトを繰り返す単調な生活・・・そうした小さな出来事が物事に真剣に取り組みたいという気持ちを少しづつだが確実に削り取っていくのを感じていた。
 
 感じながらも『そういうものだ』『それでいい』と身を任せていた自分がそこにいたのである。
 
 何よりもそこに甘んじていることが楽で心地よいものに思えたからであろう。
 
 
 こうして漠然と四年間の軌跡を思い出しながら、どこか空虚な気持ちを抱えて卒業式を終えると、同じゼミに所属していた同級生とお決まりの記念撮影を行った。
 
 いつまでも名残を惜しんで会話を続ける同級生たちに、卒業式の後に予定されていたパーティーには参加できない旨を伝えて足早にその場を離れると、父兄席で卒業式に参列していたはずの父親の姿を探した。
 
 多くの人混みの中からようやく父親の姿を見つけることに成功した僕は、もらったばかりの卒業証書を手渡して代わりに小さなバックを一つ受け取った。
 
「そんじゃ、ちょっと行って来る」
 
「おう、体に気をつけろよ」
 
 父親に対するちょっとした気恥ずかしさからこんな簡単なやり取りだけを済ませると、卒業式の余韻に浸った多くの人混みに背を向けて福岡市営地下鉄の西新駅に向かって歩き始めた。
 
 この日が広島県江田島市にある海上自衛隊幹部候補生学校への着校指定日前日だったからである。
 
 
 幹部候補生学校の所在地である江田島に移動するためには、博多駅から新幹線で広島に向かうのがごく一般的な選択肢だと思うが、僕は敢えて鈍行の普通電車で移動することを選んだ。
 
 新幹線なら一時間ちょっとで移動できる距離をわざわざ五時間もかけて移動することを選択した理由は、ひとえに『自由な世界』との名残を惜しむためだった。
 
 各駅ごとに停車して乗客を吐き出しては吸い込む鈍行電車に揺られながら、特に何をするというのでもなく窓の外に流れていく山や海などの景色を眺め、乗客たちの話すたわいもない日常の会話に耳を傾けていた。
 
 電車が博多から小倉、下関、山口、岩国と進むにつれ方言が変わっていくことに興味を感じているうちにいつしか広島に到着していた。
 
 ここから路面電車に乗って宇品港に行けば江田島行の高速船に乗れるのだが、この時は更に呉線に乗り換えて電車の旅を継続することとした。
 
 自衛隊に入隊後は『娑婆』と表現されることとなる自由な世界への未練がましいまでの執着心がそうさせたのだろう。
 
 
 呉に到着するとかすかに潮の香りが漂ってくる。
 
 「ここはもう海上自衛隊の基地がある港町なんだ」
 
 そんな思いを抱きながら徒歩でフェリー乗り場へ向かい、小用港までの乗船チケットを購入した。
 
 乗船したフェリーが桟橋を離れると呉港に停泊中の護衛艦が見えてくる。
 
「僕もあの護衛艦で勤務することになるのかな」
 
と感傷に浸っている間もなく、早くもフェリーは江田島小用港に着岸しようとしていた。
 
 
 江田島という島を訪れるのは初めてのことではない。
 
 海上自衛隊への入隊を意識した二年前に一度、そして約半年前に幹部候補生学校入校予定者を集めて実施された事前研修で一度と過去二度に渡って訪れた経験がある。
 
 最初に訪れた時の印象は強烈で
 
「ここは昭和四十年代のままで時間が止まっているのか」
 
と驚いたことを今でもはっきりと思い出せる。
 
 港から学校に続く細い山道の両側には、築数十年といった風情の家屋が密集していたからである。
 
 そして、小用港から乗ったバスを降りたその先には、昭和どころか明治の頃から変わらない赤レンガの建物『海上自衛隊幹部候補生学校』が厳かに鎮座しているのであった。
 
 
 本日は正式な着校日の前日ということで、当時正門近くにあった『江田島クラブ』という自衛隊の宿泊施設に泊まることになっていた。
 
 鈍行電車で最後の自由を満喫してきた僕が宿に到着したのは夜の8時を過ぎており、食堂にはすでに全国から集まってきた一般大出身の同期たちが数名いて談笑していたが、それに加わるには気力体力ともに余裕がなく入浴してすぐにでも眠りにつきたいと思っていた。
 
 浴場はすでにピークを過ぎた後で、自分の他には誰の姿も見えずのんびりと入浴することができそうだった。 

 広い浴槽に体を沈め、長かった今日という一日を振り返り、明日の着校のことをぼんやり考えたりしていると脱衣場に人の気配がした。
 
「せっかくのんびり入浴できてたんだけど・・・まあ、挨拶ぐらいしておくか」
 
と考えて入口に目を向けた瞬間、衝撃が走った。

・・・扉を開けて入ってきたのが女性だったからである。
 
 
「あ、あの~ここは男性用浴場ですよっ!」
 
と壁側に体をひねりつつ叫ぶのがやっとだったが、こちら以上に先方は驚いた様子で
 
「スミマセンでしたっ。◎×▽#!」
 
と意味不明な言語の絶叫を残して脱衣場から走り去っていった。
 
 
 別にこちらには何の落ち度もないのだが、何となく居心地の悪さを感じながら入浴を終えることになった。
 
 そんな予想外のハプニングにも見舞われたが、部屋に戻ると長旅の疲労から急に眠気が襲ってきて、呆気ないまでに早く眠りについたのだった。

 

今回はここまで

 

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いかがだったでしょうか?

「この続きが読みたい」

と思っていただけたでしょうか?

それとも

「いや、もう書かなくていいから普通のブログ記事を更新しろよ」

と感じたでしょうか(笑)

まだまだ推敲前のドラフトなので文章表現は少し変わる可能性があります。

また、完成時期は現時点では未定ですが、目途がついたら再度お知らせする予定です。

この小説を書き始めてから気分だけはいっぱしの小説家気取りで、執筆に行き詰ると夜の公園を彷徨することも・・・

まあ、近所の人に通報されないためにも、彷徨(徘徊)はほどほどにしないとダメですね(笑)

 

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