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私は過去の記事において『自己の能力不足』ということを退職理由として挙げていますが、それは別に自分自身を卑下しているのでも、斜に構えているのでもありません。

では、それは何なのかということについて改めて述べていきたいと思います。

 

最初にお断りしておきたいのは、以下に述べる内容はあくまでも自分自身に適用することであって、他の誰をも非難する性質のものではないということです。

以前からこの持論(自己能力限界論)を公言していたのですが、中級水雷課程の学生時代に

「それは、俺のことを言っているのか!」

と誤解された経緯がありますので、あらかじめ明言しておきます。

 

そもそも入隊前から一貫して心の中にあったのは『自己の能力の限界まで頑張ろう』という気持ちでした。

しかし、この段階では具体的にどういう状況が『自己の能力の限界』なのか自分自身でも把握できていなかったのです。

本当に漠然としたイメージでしかなかったといえます。

 

本来、終身雇用であるはずの幹部自衛官として就職していながら、最後まで定年を迎える自分の姿をイメージしていませんでした。

ではなぜ幹部自衛官を選んだかといえば、最初に募集事務所に行ったときに

「君は大学生だから、これですね」

といって渡されたパンフレットが『一般幹部候補生』だったということと、海上自衛隊幹部候補生を修業した後に約半年の『遠洋航海』があることを知り、世界を特殊な視点(国家を代表する士官として)から観察することができると思ったからです。

自分の考えに忠実であろうとすれば任期制隊員の方が適合性があったのですが、結果として非任期制の幹部自衛官になったわけです。

 

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共和制ローマにおける軍事

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私が定年まで自衛隊で勤務することができなかった根底には、自分が理想とする『共和制ローマにおける軍事のあり方』があるのだと思います。

かつて共和制ローマにおいては、市民たる要件の一つに『軍事に従事すること』がありました。

時代が下るにつれ、奴隷出身者や他民族出身者でさえもローマの軍人として一定期間軍務に従事した後、晴れて市民となることが可能になります。

古代と現代では社会構造の複雑さという意味において単純に比較することは適当ではないかもしれませんが、独立した市民が果たすべき義務とはどういうことかという問題について非常に示唆に富んだものだといえるでしょう。

 

現在日本では徴兵制度はありませんので、軍事に関わろうとすれば自衛隊に志願することが唯一の方策となります。

軍事について『これがいい』とか『あれがダメ』とか論ずる前に、自分自身の目で見て、肌で感じ、経験を通じて理解したいと考えた結果、自衛隊に入隊することを選びました。

市民(国民)として、本来負うべき義務を果たそうということが出発点だったのです。

共和制ローマの軍事制度について重要なことは、将軍や政治家になっていく一部の者を除いては、一定期間軍務に就いたのちに再び元の市民生活に戻っていくことに尽きると思います。

軍事を正しく理解してた上で市民(国民)生活を送るということに意義があると考えた結果、自衛隊に入隊したのです。

ですから私が本当になりたかったのは自衛官ではなく、退官した後に『退役軍人』となることだったのかもしれません。

 

軍事組織の在り方と特別国家公務員の構造

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図1

本来軍事組織のあるべき姿とは、精強性を維持する上で図1のような三角形の階層であることが望ましいといえます。

戦時であれば人的消耗が不可避ですから、自然にこのような階層になってきます。

 

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図2

しかし、自衛隊は特別国家公務員でありますし、現在は平時でもありますので非任期制の隊員は図2のような構造となります。

(実際には中途退職者が相当数存在するのですが)

特別国家公務員としてある程度生活保障しなければ、必要な人員も有為な人材も確保できないのです。

 

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図3

図1と図2を重ね合わせると図3のようになり、上の階層に行くほど余剰人員が増えてしまうという問題が起こります。

(実際はこのような単純な構造では説明できない部分も多く、適材適所で人的ニーズがあるのですが敢えて単純化して説明しています)

旧軍においては尉官から佐官になる際に審査が行われ、不適となった場合は予備役に編入される制度があったようですが現在はそのようなものはありません。

防大や一般大等の出身者で構成されるA幹部は、余程のことがない限りは2等海佐まで昇進することが約束されており、その定年は55歳となっています。

幹部だけをみても絶対数が必要なのは2尉3尉といった初級幹部要員であり、その不足分を補うために曹士から幹部に昇任させる『部内幹部課程』『幹部予定者課程』があります。

しかし、海上自衛隊においては限られた積極的思考の海曹士を除き、幹部への昇任希望者は少ないのが実情で、半ば強制的に幹部にしているところに問題があります。

(参考:昇任意欲

私が個人的にいいなと思っていたのは戦時中に存在した『短期現役士官制度』というもので、最初から一定期間勤務したのち退役することが決まっている制度です。

この『短期現役士官制度』については、別の機会に詳しく記事にしたいと思います。

 

ついに限界点を自覚

 

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最初に具体的な限界を意識したのは、「はたかぜ」水雷長として立入検査隊指揮官を経験し、現行法制度と行使可能な対応を突き詰めて研究した時のことでした。

現行法制度の下では、グレーな情勢から段階を飛ばして一気に実力行使されると確実に対応が遅れます。

ここでは詳しく説明しませんが『ポジティブリスト』と『ネガティブリスト』の違いについて調べればすぐに分かると思います。

つまり、相手の行動がこちらの予想を超えて進んだ場合、対応が遅れる可能性があるということなのです。

最後に残るのは『現場指揮官の判断』という極めて不安定な要素であり、それは時として個人の裁量を大きく上回るものであります。

 

戦前の日本は明治以降に国際社会にデビューした『後進国』であったために、国際的なルールを遵守するということに関して細心の注意を払っていました。

この習性は自衛隊となった現代においても顕著に残されていて、自衛隊は世界的に見ても国際法及び国内法に極めて忠実にあろうと努めている組織だといえます。

現在の世界情勢においても国際ルールを無視した大国の事例が簡単に見つかります。

こうなると国際ルールを破ることこそが国際標準なのではないかとさえ思えます。

今までは運よく想定外の事態に発展することはありませんでしたが、今後もそれを期待するのは無理があると考えています。

 

そのような事態に直面した場合、つまり目前に迫った危機を回避するために法の許容範囲に留まって死という結果を甘受するのか、そこを踏み越えてゆくのかという選択肢がでてくるでしょう。

自分だけの問題であれば、死という結果を選ぶことにさほど迷いはありませんでした。

問題は部下の生死がかかってくる場合なのです。

もちろん、自衛官となる過程で宣誓した身でありますから、『事に臨んでは危険を顧みず、身をもつて責務の完遂に務め、もつて国民の負託にこたえること』が義務付けられています。

しかし、むざむざと目の前で生命が奪われ、更にはその犠牲が報われることなく犬死になることだけは許容できなかったのです。

極論するならば正当防衛という法的要件が満たされるまで何もできないという現状が変わらない限り、根本的な問題は解決されないでしょう。

 

とはいえ、法的根拠を踏み越えて行動した結果、事態を拡大することになれば、その引き金は自分自身が引いたことになります。

過去のどんな紛争や戦争も発端はごく小さな事件であることは言うまでもありません。

そして、歴史に戦争を引き起こした者として名前を記されることとなるのです。

目前に迫った危機に対し、自分の部下乗員の生命と国家利益が相反するものであったとき、どんな状況下でも冷静に正確な判断が可能かということについて、ついに確信が持てなかったことこそが私の限界を示すものだったといえるでしょう。

そして適切な契機(陸上勤務の辞令)が再び訪れたことが、退官の決意を決定づけることになりました。

護衛艦の科長(砲雷長)として退官することは、あまりにも影響が大きいと考えていたからです。

 

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