護衛艦きりしま

 

2015年8月1日、ヨコスカサマーフェスタ2015の基地解放イベントということで、横須賀に行ってきました。

2005年3月に自衛隊を退職してから10年経ちますが、基地内に立ち入ったのはこれが初めてです。

今回は写真の護衛艦「きりしま」艦長が仲の良かった同期ということもあり、訪問を決意しました。

 

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基地解放の盛況ぶりにびっくり

今回のような基地解放イベントは以前からあったように思いますが、その盛況ぶりに驚かされました。

それだけ海上自衛隊に対する国民の関心や期待が高くなっている証拠なのだと肌で感じることができました。

まずは色々な切り口から関心を持っていただいて、その上で海上自衛隊を正しく理解してもらうことが大事なんだろうと思います。

海上自衛隊の広報活動のセンスも10年前と比べると格段に向上している気がしました。(なんだか偉そうでスミマセン)

従来は手作り感満載でしたが、今回は随所に洗練されたセンスを感じる部分が多かったです。

 

護衛艦きりしま見学

私が現地に到着したのは10:15頃でしたが、すでに「きりしま」の見学希望者の長蛇の列が・・・

結局、「きりしま」舷門を通過できたのは45分ほど並んだ後でした。

艦長を舷門に呼び出すのも気が引けるので、携帯に電話してみましたが応答なし。

不在旗は上がっていないので艦内にいるのは間違いないはずですが、「きりしま」の士官室は携帯の電波が入りにくかったことを思い出します。

やっぱり艦内マイクで呼び出してもらえば良かったかな。

「艦長、面会人あり、厳門」って。

当直士官は嫌がるでしょうね。

艦長本人にはウケると思いますけど。

 

そこでひとまず、艦内見学を先にすることにしました。

といっても、「きりしま」は2001年に勤務していた「はたかぜ」の僚艦(第61護衛隊)なので特に目新しいものはありません。

当時の「きりしま」水雷長はこれまた仲の良い同期だったので、頻繁に士官室にお邪魔していたからです。

 

護衛艦きりしま、前甲板、揚錨機

 

他の見学者さんが大砲や艦橋を撮影しているのに背を向けて取った写真がこれです。

前甲板の錨鎖及び揚錨機です(笑)

やはり錨鎖もでっかいですよね。

護衛艦「はたかぜ」も同じくらいのサイズだったように記憶していますが、こういう大型艦の投錨作業は実に迫力満点なのです。

この太い錨鎖を手前に写っているハンドルブレーキで閉めたり緩めたりたりしながら、所定の長さまで走出させてゆくことになります。

DEなど小型艦の小さい錨鎖と違って重量がある分だけ勢いがつきますから、狙った位置で錨鎖を止めるのは結構苦労します。

何回か経験を重ねれば上手くできるようになりますが、最初の頃はちょっと出し過ぎてしまうことが多かったです(汗)

・・・そんな思い出にふけりながら、ひたすら前甲板を凝視していました。

他の人から見ると

「この人、何をそんなに見ているんだろう?」

と不思議だったに違いありません(笑)

(参考:投錨作業

 

護衛艦きりしま、自衛艦旗

 

それから後部へ移動して、自衛艦旗を撮影しました。

やはり本物の自衛艦旗は良いものです。

それにしても、岸壁にはとにかく多くの人が溢れかえっています。

休息用の仮設テントなどを多数設置していましたが、人数が多すぎてとても収容しきれないようでした。

日中かなり暑かっただけに

「熱中症にならなければいいのだけど・・・」

などとついつい自衛官目線で心配になってしまいました。

といいつつ、帰宅後は軽い頭痛が収まらず自分自身が熱中症になっていたようです。(虚弱体質!)

 

同期と再会する

そうこうしているうちに同期から折り返しの電話が鳴って、ちょっと士官室にお邪魔しました。

艦内に入ると護衛艦特有の匂いがします。

匂いというもは過去の記憶を瞬時に思い出させる効果があるようで、なんともいえない懐かしさをしみじみ感じました。

士官室に入ると

「涼しい~」

麦茶と冷たいおしぼりを出してもらって、白い椅子カバー席に座らせてもらいました。

士官室の白い椅子カバ―は司令や艦長または来客にのみ使用されるため、現役時代はこれをセッティングすることはあっても座ったことはなく、ちょっと緊張しました。

 

「きりしま」艦長とは2年前の同期会で会っていたので、そこまで懐かしいという感覚はないのですが、自分の良く知っている友達がイージス艦の艦長になったという現実がなんとなく理解しがたい気分でした。

イージス艦の艦長といえば階級的には1等海佐ですから、自分としては『かなり年配者』というイメージがあるのです。

つまり同じ年齢の同期がイージス艦の艦長になったということは、自分も『かなり年配者』になったということなのです。

退職後のふわふわとした我が人生を振り返って

「これからはちゃんとしたおじさんになろう!」

と改めて決意した次第です。

 

それにしても、イージス艦の艦長といえば『射撃出身幹部の聖域』というイメージがあったのですが、同期は私と同じ中級水雷幹部ですのでその点にも驚きました。

いずれにせよ同期が艦長適任者として評価されているというのは嬉しいことです。

実際、この艦長は他人の気持ちに寄り添える暖かさを持ったナイスガイですから、今後も多くの部下と接点が持てる配置を歴任出来れば良いなと思います。

同期ではありますが、自分自身が科長としてお仕えしたいと思わせる人物です。

 

また、全くの偶然で幹部候補生学校時代に同じ下宿で生活をともにしていた同期とも再会できました。

現在は幹部学校で勤務する傍ら国学院大学で史学を受講中ということで、大学の同級生の方々をエスコートして来艦していたようです。

聞けばこのブログの存在も知っていたようで、道理で私の個人名で検索した履歴が残っているはずだと合点がいきました。

 

私は携帯電話を2年毎に変更(キャリアと番号の両方)し、親と兄弟にしか新しい番号を知らせない習慣があるため(一期一会に対するこだわり)、全く連絡が取れなくなる人が殆んどなのですが、縁のある人には何度でも再会できるということなんですね。

この広大なネット世界に発信したメッセージが誰かに届くということは、もはや偶然ではないのかもしれないと感じた一日でした。

 

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