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退職の申し出を行い、それが滞りなく承認されるに至り心境としては『明鏡止水』といったところでした。

残り3か月を自衛隊生活の集大成とすべくラストスパートに入ります。

何といっても当面の課題は来年度の業務計画を策定することです。

『業務主任』はそのために存在しているといっても過言ではありません。

 

比較的早い時期から案を作成して各部に配布済みだったため、事前に個別訪問して要望を聞き取りする時間も確保できていました。

提出期限になって出てきた問題にその時点で対応したのでは、検討に必要な時間が不足することが予測できていたからです。

また実際に顔を突き合わせて話をすれば、

「そういえば、こういうことも盛り込んで欲しいのだけど・・・」

といったようなアイデアも出やすくなります。

真に建設的な意見とは、表面上見えにくいところでくすぶっているものだと再認識できました。

 

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退職時期について調整を依頼される

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退職については承認されたものの、その時期について一度だけ延長できないかと調整依頼がありました。

私が希望している退職時期は2005年3月末日でしたが、この時期は幹部の定期異動とも重なっており、とりわけ第3幕僚室では防衛主任(N31)、訓練主任(N32)、業務主任(N33)が抜けることになってしまうからです。

残るのは航空主任(N34)だけとなりますが、着任時期してからまだ数か月ということで(私よりも着任時期は遅かった)スタッフ総替えの様相を呈していたからです。

そこで退職時期を春ではなく夏まで延期できないかということでした。

今までは人事に関して『命のまま』を貫いてきましたが、今回はやはり同意することはできませんでした。

最も大きな理由は、何かを終了するまた始めるのは春であるべきだという考えによるものでした。

他にも人的な要因がありましたが、ここでは詳細は割愛します。(つまり・・・そういうことです)

 

退職直前時期

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3月になって大湊地方総監部としての次期年度業務計画も無事に発刊することができ、やり切った充実感に浸りながら日々の日常業務や身辺整理で穏やかに生活していたころ、退職の噂を聞きつけた元上司、元同僚、同期、保険のおばちゃんなどから問い合わせの電話が続きました。

その内容は

「なんで自衛隊をやめるのか」

ということに尽きます。

これだけ多くの人が自分のことを気にかけてくれていたことに驚いたのと同時に幸せを感じました。

今まで自分がやってきたことは、決して無駄ではなかったと確信できた瞬間でした。

この時は誰に対しても明確な理由を答えることはできませんでした。

だからこそ、今こうして記事にすることで答えようとしているのかもしれません。

 

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