退職届

 

8月に着任して以来5ヶ月が過ぎ、業務主任としての勤務にもすっかり慣れてきましたが、12月になっていよいよ決断する瞬間が訪れました。

着任当初からこの配置で退職すると決めていましたが、家族を始め同期、同僚、上司の誰にもそのことを相談せずに黙々と勤務を続けていました。

着任してすぐに

「退職します」

では何かと問題が多いので、自分の中でキリの良い年度一杯(2005年3月)の期限を決めて、それまでは退職の意図をおくびにも出さず職務に精励しようと考えていたのです。

 

退職を申し出るのきっかけとなったのは、例年1月1日に実施される定期勤務評定のため『幹部身上調書』を作成しなければならなかったからです。

この『幹部身上調書』というのは、幹部が自己の能力評価や将来の希望配置などを記載して提出するものです。

もちろん希望通りになるとは限りませんが、自己掌握が適正にできていれば比較的希望に沿ったものとなります。

そういう意味では、大監防衛部勤務は自分の希望とは全くかけ離れたものでした(笑)

自分自身では防衛部というオペレーション系よりも人事課や学校教官の方が合っていると思っていたからです。

 

Sponsored Link

 

ついに退職を申し出る

boy-806156_640

 

もし退職しなかった場合の経歴は、大監防衛部勤務を2年ほどやった後、もうワンクッション陸上配置(恐らくプログラム隊系列)を2~3年、その後護衛艦の兼任副長を1~2年、更にもう一度陸上勤務2年やって40~45歳の間に艦長配置という感じだったのではないかと思います。

もちろんCS課程には行かない(行けない)前提での話です。

私のような艦艇幹部が将来艦長を希望しないとなると、それ相応の理由が必要になってくるでしょう。

つまり、『ヤル気』を疑われるということです。

そこで、今までは希望していない艦長配置までのストーリを敢えて希望しているかのように『幹部身上調書』に記載して提出してきたのですが、今回は既に覚悟を決めていることもあり、ここでピタリと筆が動かなくなりました。

「これ以上は本心を隠しておけない」

と感じた私は直属の上司である第3室長のところへ行き

「突然ではありますが、来年3月に退職したいと考えていますので幹部身上調書にそのように記載してもよろしいでしょうか」

と申し出ました。

第3室長は一瞬だけ

「!?」

という表情をされましたが、

「課業終了後に詳しく話を聞こう」

と冷静におっしゃいました。

実のところ大監防衛部に着任して、第3室長に最初にお会いした瞬間から

「この人は退職を申し出ても、無駄に遺留しないだろう」

と直感的に確信していました。

事実その通りだったといえるでしょう。

 

課業が終了し、改めて別室に呼ばれた私は退職理由について

「妻方の家業を継ぐため」

と、この日のために準備していたシナリオ通りに説明しました。

真実の理由は『退役軍人』になることであるので、『妻方の家業』というのは方便に過ぎません。

まさか退職後一定期間は無職(プータロ―)になろうとしていることを正直に申告して

「はい、そうですか」

と退職させてくれるはずもなく、後々問題になることは明白であったため最も収まりの良いシナリオを用意したのです。

この事実は退職後初めて明らかにするものですから、今ここに書くことは誰にも語ることがなかった真実なのです。

この場を借りて関係各位には深くお詫び申し上げます。

 

退職後のビジョン

seagull-640229_640

 

自分が自衛隊を辞めなければならないと考える理由については、今までの記事の中でも触れてきましたが、その後どうするつもりだったかについて触れるのはこれが初めてでしょう。

まず第一には退職後何をやるかを考えるために、一定の空白期間を置きたいという気持ちがありました。

自衛隊在職中に次の仕事を決めるのは自分の信条にそぐわないと思っていたこと、子供がいないこと、退職金で少なくとも1年間は何もしなくても生活できる目途が立つことなどがそんな悠長な考え方を助長していたのかもしれません。

自衛隊という営利を目的としない組織において、自分としてはほぼ完全燃焼することができましたし、軍事というものに実際に従事して外からでは分からなかったことをたくさん学ぶことができました。

それは、純粋に『仕事にやりがいを求める』ことに徹した充実した期間だったと思います。

その後1年間の『完全なる無為』の期間で、今までの人生を振り返ると同時に今後の人生をどう生きていくべきか考えたかったのです。

頭の中では薄々分かっていることでも、いちいち実体験しなければ気が済まないというのが私の本質なのでしょう。

 

Sponsored Link