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佐世保は私が初めて着任(せんだい通信士)した思い出深い場所です。

そして、その時も隊員が失踪中でした。

・・・そうです。

今回の着任時、またもや隊員が失踪中だったのです(汗)

着任前日に前任者から引き継ぎを受けた際に

「あっそうそう、今、分隊員が一人失踪中なんだよね。色々あると思うけど後はよろしく」

と軽く言われました。

 

今更隊員の失踪程度では驚かないものの、

「・・・またか」

という気持ちはありました。

ですが、実はもっと深い落とし穴が待っていたのです。

 

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翌日着任後、改めて1分隊士(水雷士)から詳しい事情を聴いたところ、やはり失踪の原因は借金でした。

隊員は20代の海士長でしたが、日頃からパチンコなどギャンブルによる浪費癖があったようです。

当然のように給料だけでは収まらず、複数の金融業者から多額の借財を抱え、進退窮まって失踪したと思われます。(この時点で既に失踪から数週間経過しており、捜索活動等は終結していた)

私はこの種の問題解決に関して精通していたので、もし彼の失踪前に自分が着任していて、ある程度の時間があれば不自然な兆候を察知して救ってやれたかもしれないと感じました。

サラリーマンの平均年収くらいの金額であれば、借財先を整理し返済計画を立てることによって完済させる自信があったからです。

もちろん、当分の間は上陸止めになりますが、衣食住の完備した護衛艦勤務においてはそんなに難しいものではないのです。

何といっても幹部になって最初の仕事が失踪隊員の捜索と借金返済計画の策定でしたし、その後の勤務においても多くの経験を積んでいたからです。

 

そんな借財の貸し手の中に『自衛隊共済組合』が含まれていました。

そして、実にここが問題だったのです。

共済組合は失踪した隊員の家族には支払能力がなかったという理由で艦に対応を迫りました。

共済組合から借財する場合には、必ず分隊長の押印が必要となります。

故に連帯保証責任は艦にあるという理屈です。(押印した分隊長は転勤している)

実際にそこまではっきり言った訳ではありませんが、結果として借財の一括返済を請求してきたことに変わりはありません。

ここで艦を逃がしては、9月に帰国するまで何の進展も期待できない(とりっぱぐれる)という危機感から先方も必死だったのだろうと思います。

 

通常であれば、冷静に対応を協議すれば良かったのですが、この時は時間的余裕が全くありませんでした。

私が着任したのが2月24日、そして江田島で幹部候補生学校を卒業した実習幹部を乗艦させるために佐世保を出港するのが3月11日でした。

この短い期間中、実習幹部を指導教育するための『艦内指導班』養成訓練のため、ほぼ毎日出入港を繰り返していたのです。

 

不本意ながら出した答えは、分隊長(私)と分隊士(水雷士)で借財を折半し自腹を切って肩代わりするというものでした。

苦しい時ほど自らの退路を断って、事にも望むべきだと考えたからです。

分隊士も納得してくれたので、水面下で調整を進めていたところ

「そういえば、失踪した〇〇士長の借金問題はどうなってるのか」

と艦長からご下問があり、状況を説明しました。

 

「本来、砲雷長が着任する以前の問題なのにそれではあんまりだろう」

ということで、艦長、副長に加え私と水雷士以外の砲雷科幹部(砲術長、水雷長、武整長、砲術士)にもそれぞれ分担してもらうことになりました。

これによって一人当たりの負担金額が少なくなり、正直なところ大いに助かりました。

ただし、この手段は緊急措置として実施したもので、本来は別の対応が望ましかったことはいうまでもありません。

こうして『臭い物に蓋をする』形でなんとか問題を処理し、いよいよ江田島へと向かったのでした。

 

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