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遠洋航海を終えて約半年ぶりに佐世保へ帰港した「さわぎり」では結婚ラッシュが巻き起こります。

私の第1分隊砲雷科でも3名が結婚することとなりました。

 

以前の記事でも紹介しましたが、遠洋航海での深夜直では行き合い船舶も少なくのんびりとしているため睡魔との戦いとなります。

特にN/T(ナイトトランシット:夜間当直員による訓練)で基準艦となった場合など、基準針路速力を維持して航行するだけなので尚更その傾向が強くなります。

 

そこで、私の直では眠気防止の観点から勤務に支障のない範囲で雑談することを許可していました。

というよりも自分自身が積極的に雑談をリードしていました(笑)

夜間の艦橋は灯火管制されていますから、時計、舵角指示器、速力計、ジャイロレピーター、操舵装置等、航海に必要な計器類が最小輝度で光っているのみという状況です。

月や星が出ている晴天の夜は想像した以上に明るいものですが、基本的に相手の表情までははっきりと読み取れません。

しかも、全員見張りを兼ねていますから前を向いたまま雑談することになります。

 

その航海直のカラーというか特色はやはり当直士官の個性(キャラクター)に左右されることが多いと思います。

遠洋航海のように長期連続航海ではその傾向は顕著に表れるといえるでしょう。

私が「さわぎり」に着任して最初のころは

「砲雷長ってどんな人だろう?」

という警戒感がありましたから、直の雰囲気もなんとなくよそよそしい感じでしたが、遠洋航海に出発する頃にはかなり打ち解けてきました。

 

先ほどお話ししたとおり、お互いの顔も見えないような暗闇の中で固定された航海直員(実習幹部は入れ替わるが)という安心感も手伝って、雑談の内容は時としてびっくりするようなカミングアウトもあったりします(笑)

また、ある時は悩み相談的な話題になることもあり、士官室にいるだけでは分からない海曹士世界の一端を垣間見ることが出来ます。

護衛艦という狭い鉄塊の中に長期間拘束されて行動を共にしているのですから、通常の社会では考えられないような問題も確かに存在するのです。

しかし、そんな悩みの中には分隊長として解決してやれること、あるいは負担を軽減してやれる類のものも含まれていますから、1分隊先任(1分隊の内務面を担当する上級海曹)や各員長(それぞれの特技別に配置された上級海曹。例:射撃員長など)と相談してより良い方向を模索することが出来ます。

これは雑談のもたらす思わぬ恩恵ともいえるでしょう。

 

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とある夜間航海中に依頼を受ける

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かなり前置きが長くなってしまいましたが、分隊員の一人から結婚することを聞いたのもそんな航海中のことでした。

海曹A:「砲雷長、自分、遠洋航海が終わって佐世保に帰港したら結婚する予定なんですけど・・・」

砲雷長:「おぉ!おめでとう。式の準備とか全部彼女にお任せしてるの?」

海曹A:「そうです。ただ、まだ自分の主賓が決まっていないんです」

砲雷長:「そうか・・・もし艦長にお願いしたいのなら一緒に艦長室に行ってやるよ」

海曹A:「いや、その・・・砲雷長にお願いしたいんですけど・・・ダメでしょうか?」

砲雷長:「えっ、俺!?」

 

当時の私は32歳です。

確かに直属の上司ではありますが、結婚式の主賓といえば少なくとも40代以上の社会的地位がある人がやるものだというイメージがあったので驚きました。

実際、私が大学生の時に結婚式のプロモーションビデオを撮影するカメラマンというアルバイトをしていた経験上、そんな若造が主賓だったことはなかったからです。

砲雷長:「ちなみに新婦側の主賓はどういう人が招待されているの?」

海曹A:「彼女の職場の社長ッス!」

砲雷長:「でしょ~。新郎側の主賓が俺じゃあつり合いが取れないじゃない?」

海曹A:「全然問題ないです。てか是非とも砲雷長にお願いしたいです」

砲雷長:「分かった。ところでやっぱ主賓のスピーチってあるんだよね?」

海曹A:「よろしくお願いします」

砲雷長:「やっぱり~。俺のスピーチ3分ぐらいにまとめちゃうけど大丈夫?」

海曹A:「問題ないです」

 

主賓スピーチの長さについて

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こういういきさつで32歳という若輩者でありながら結婚式の主賓を引き受けることになりました(汗)

よく謙遜して

「若輩者ではありますが・・・」

などと挨拶される主賓の方がいらっしゃりましたが、私の場合は正真正銘の若輩者なのでとにかく新郎に恥をかかせないようしっかりとしたスピーチをしようと決意しました。

始めにスピーチの長さについて言及したのは、やはり結婚式場のカメラマンをやっていた時の経験に基づくもので、主賓のスピーチなど誰も聞いちゃいないことをよく知っていたからです。

特に新郎新婦のことをロクに知りもしないような会社社長など立派な肩書の人ほどその傾向は顕著であり、新郎新婦の紹介もそっちのけで自分のことや自分の会社の業績について語るなど見当違いな人がいるからです。

そういう人に限って最後の閉めで

「結婚式のスピーチと女性のスカートは短いほど・・・」

とか

「甚だ簡単ではございますが・・・」

などという常套句を用いるので

「おいおい、何の冗談だよ・・・」

とカメラのファインダー越しに突っ込まざるを得ませんでした(笑)

実際に会場内で舌打ちや失笑を聞いたこともあります。

とはいえ、地方ではまだまだこういう権威主義が残っていて(特に九州地方)、立派な肩書の人が長い演説をすることが有難がられる風土があるのです。

そういう事情を熟知していたため、事前にスピーチの長さについて了解を得たという訳でした。

 

こうして帰国後の結婚式における主賓を引き受けることになったわけですが、その経緯を聞いた別の1分隊員が

「あの~分隊長にお願いがあるんですけど・・・」

と部屋に訪れました。

しかも二人(笑)

海曹Aとのやりとりは知っているようでしたが、一応私の年齢的なつり合いのことやスピーチの長さについて確認を取った上で引き受けることになりました。

3人とも同じ1分隊員ということで招待客(職場関係)が被ることが予想されていたため、しっかりと式の日時が調整されておりました。

さすが、段取りの自衛官ですね。

 

こうして佐世保に帰港後は2週間に一度のペースで結婚式の主賓を務めさせていただきました。

肝心のスピーチは公約通り3分程度のものでしたが、何よりも本人たちの事をよく知っているので原稿を起草するのは容易でした。

逆に多くの事を書き綴った原案から無駄を省いて短く簡潔にまとめることに苦労しました。

ポイントは

  • 海上自衛隊の護衛艦で勤務している新郎が、艦の中でどのような役割を果たしているのか
  • 新婦との馴れ初めと新郎の特技(射撃管制員、CIWS員、76mm射撃員だった)との関連
  • 人生や結婚について、船や航海の要素をいれること

という内容を盛り込むことでした。

 

新郎が海上自衛官で護衛艦勤務していることは知っていても、実際にどのようなことをしているのかよく知らない人が多いので(新婦でさえ)そこを分かり易く説明するようにしました。

第1分隊砲雷科は攻撃分隊ですので、新郎が多くの女性の中から新婦をどのように見つけ出しハートを射止めたかということを表現することに適しています。

また、人生や結婚生活を船の航海に例えることはよくあることです。

我々は護衛艦で勤務しているので、そのものズバリ当てはまることばかりです。

最後に新婚といえども、所属部隊の行動によって新郎が長期間家を留守にすることもあるが、彼らは母港である新婦のもとに必ず戻ってくるのでどうか暖かく迎えてやってほしいと結んでいました。

 

私はいつも分隊員の前で示達事項や講話をする機会も多いことから、人前で話をすることには慣れているつもりでしたが、いざマイクの前に立って会場を見渡すといつも以上の人数に圧倒されて緊張を覚えました。

加えて結婚式という人生の重要なセレモニーだという認識が更に緊張に拍車をかけます。

自分の事だけならまだしも、かわいい部下の面目がかかっていることですから、躊躇せずあらかじめ用意しておいた箇条書きの原稿を取り出しました。

スピーチの内容は短いこともあり頭に入っているのですが、話の流れを掴むキーワードを書いておけば頭が真っ白になることもないだろうと思って準備していたのです。

これもアルバイトの経験から学んだことの一つで、少なくない数の主賓が途中でスピーチ内容を忘れてしまい、気まずい沈黙の中で大量の冷汗をかきながら苦しむ姿を目撃していたからでしょう。

 

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なんとか無事にスピーチを終えて席に戻ると、大任を果たした安堵感で以後は放心状態に・・・

そんな中、新婦側の主賓挨拶が行われているのですが、どの結婚式でもかなり長かったことを覚えています。

新郎である本人たちは

「いいスピーチをありがとうございました」

と喜んでくれていましたが、対照的な新郎新婦の主賓挨拶を聞いた会場の出席者はどう感じていたでしょうか?

怖くてとても確認はできませんでしたが、感触としては悪くなかったように思います。

人の話を集中して聴けるのはそんなに長い時間ではないと思っているからです。

全校集会の校長講話を誰も聞いていないのと同じです(あっ私だけ?)

 

これを最後に自衛隊を退官してから現在に至るまで、結婚式の主賓を務めることはありませんでした。

あれから10年以上経過して、みんな無事に結婚生活を送っているのかなと懐かしく思い出したので記事にしました。

 

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