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幹部候補生が卒業式を2日後に控えてソワソワしている頃、我々「さわぎり」は江田内に回航してきました。

ここは、いつ戻ってきても懐かしい故郷です。

日本という国が存続する限り、この場所はこの先も何十年と変わることはないでしょう。

また、そうあって欲しいものです。

 

早速、上陸して保険のおばちゃんにご挨拶をします。(江田島寄港時における最優先事項)

いつも同じ場所に変わらずにいてくれるという意味で『江田島のお母さん』ともいえる存在です。

「随伴艦の砲雷長で遠洋航海ねぇ、立派になりんさったね」

『お母さん』に褒められ、なんとも面映ゆい心地がしました。

 

10年前の自分は卒業式を控え毎日立て付け(予行練習)を行っており、いささか疲れぎみだった記憶があります。

また、私生活面でも下宿の整理や同期達と写真館で記念撮影するなど毎日忙しく過ごしていました。

ここ江田島では毎年、同じ時期に同じことが繰り返されるのだと思うと感慨もひとしおです。

 

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実習幹部が乗り込んでくる前の分隊整列において、1分隊員に次のような話をしました。


いよいよ実習幹部が乗艦してきますが、その前にみんなにお願いがあります。

私が実習幹部時代に一番嫌な思いをしたのが、乗員から何かと邪魔にされ陰口を叩かれたことでした。

彼ら実習幹部は艦の生活に不慣れで、みんなから見れば『とろくさい』のは当然のことです。

それは、みんなが教育隊を出て初めて護衛艦に配属された時のことを思い出せばわかると思います。

護衛艦での生活というのは、慣れるのに思いのほか時間がかかるのです。

みんなは、今では当たり前になって忘れているだけなのです。

もし、彼らが何か戸惑っていたら、その場で

「こういう時は、こうするんですよ」

と教えてあげて下さい。

彼ら実習幹部の全員が艦艇幹部になるわけではないので、今後みんなと部隊で一緒に勤務する者は限られています。

ですが、自分たち護衛艦の乗員が幹部に望んでいることは何なのか、どんな幹部が嫌われるのか、自分たちが普段考えていること、仕事のこと、家族のこと、とにかく何でもいいから機会を見つけては話をしてあげて下さい。

彼らは数か月という限られた期間しか乗艦していないけれど、『お客さん』や『よそ者』ではなく『仲間』として迎えてやって下さい。

これは随伴艦だけにできることなのです。

練習艦のように寄せ集めの乗員ではなく、戦闘艦乗員として団結している我々にしか教えてやれないことがあるのです。

毎日の訓練や実習、寄港地での研修なども大事ですが、何よりも大事なことはみなさんとの交流にあるということを覚えておいてほしいのです。


とまあ、大体このような内容だったと思います。

分隊長講話というよりは、ほぼ『お願い』が多かったようですが(笑)

 

自分自身の実習幹部時代について語ってきたように(過去記事参照)、当時練習艦「かとり」で乗員から受けた対応はかなり酷いものでした。

それは私個人にというよりも、実習幹部という存在全般に対しての反感でした。

今にして思えば、自分達の直属の上司である幹部に対する不満のはけ口を、人事権を持たない(報復の恐れのない)実習幹部に向けていたのかもしれません。

とにかく、当時自分が感じたような嫌な思いを絶対に味あわせたくないという強い意思が、この分隊講話の背景にあったのです。

 

そして、いよいよ幹部候補生学校の卒業式とその関連行事が挙行され、晴れて表桟橋を出発した実習幹部達が乗艦してきました。

速やかに舷側に整列し、『帽振れ』とともに江田内を抜けて

「さあ、世界の大海原に乗り出すぞ!」

 

とはならず、すぐ近くの柱島沖に投錨します。

晴れやかなカーテンコールを終えると、すぐに厳しい現実世界という舞台裏が待っているのです。

 

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