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対潜戦術科指導官としての勤務も半年になろうかという冬の終わりに、再び第2護衛隊司令から連絡を頂きました。

第2護衛隊隷下の護衛艦「さわぎり」砲雷長として艦艇部隊に復帰してみないかということでした。

半年前の着任行事に初めてお会いしただけで、実際にお仕えしたわけでもない私のことをここまで気にかけて頂いていることに、ただただ感謝するほかありませんでした。

 

司令ご自身が海幕人事課に対して相当の調整をなされたことは想像に難くありません。

恐らくご自分の監督下において艦艇部隊に復帰させたいと談判されたのだと推察します。

そうでなければ、このような人事は成立しないと思われるからです。

1日も早く正常な人事状態に戻してやりたいというお気持ちが伝わってきました。

 

この転属の話を聞いた時、司令のお気持ちに対する感謝の念と同時に不安も少なからずありました。

事件から半年という時間の中で、自分自身ではもう二度とあのような精神状態に陥ることはないだろうという確信がありました。

指導官としての勤務にも充実感を覚えて、心身ともに安定した生活を取り戻していたのです。

その安定を捨て、もう一度艦艇勤務に復帰するには時期が早いのではないだろうか思いがあったのです。

 

着任先の「さわぎり」は隊勤務として勤務したインド洋での苦い思い出が詰まった場所でもあります。

当然、部下となる乗員にも隊勤務としての私を見知っている者が多数乗艦しています。

「果たして彼らを納得させ指揮監督できるだろうか」

というのが最も大きな懸念材料だったのです。

 

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しかし、もう一つの大きな判断材料は「さわぎり」は平成15年度の遠洋練習航海に参加するという事実でした。

このブログでもお話ししたように、自分が実習幹部として参加した遠洋練習航海にはあまり良い思い出はありません。

しかし、艦艇部隊に配属され勤務を重ねるうちに当初抱いていた悪印象が次第に払拭されていったという経験があります。

随伴艦の砲雷長として遠洋練習航海に参加し、実習幹部を指導することによって艦艇部隊の良い面も伝えることができるかもしれない。

これが最終的に転属を受け入れるカギとなったのでした。

 

後日振り返ってみると、この転属の話を第2護衛隊司令から打診される直前に「さわぎり」の対潜チームが施設利用訓練に訪れていました。

この時、「さわぎり」艦長も訓練に同行されていて

「施設利用訓練に同行されるなんて、ずいぶん熱心な艦長だなぁ」

と思っていました。(一般的に艦長が施設利用訓練に同行するようなことはほとんどない)

タイミングを考慮すると、実は私の人となりについて事前確認を兼ねていたのではないかと思います(笑)

やはり、長期の海外行動ということで、私の勤務経歴は不安材料だっただろうと思うからです。

直接確認したわけではありませんのであくまでも私の推測に過ぎませんが、一応の合格点がもらえた結果として司令からの転属打診連絡という経緯だったのではないかと思います。

 

こうして2003年2月24日、第2護衛隊司令のご厚情と「さわぎり」艦長のご寛容により、さわぎり砲雷長として着任することとなりました。

そして、これが私にとって最後の艦艇勤務となるのでした。

 

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