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秋の深まりとともに毎年恒例の海上自衛隊演習(略称:海演)が近づいてきました。

しかし、我が護衛艦「さわぎり」は遠洋航海から戻ってきたばかりということで年次修理中でした。

「あれっ、もしかしてこのままひっそりと演習不参加で終了!?」

などと不埒な期待にちょぴりドキドキしていました。

 

しかし、世の中そんなに甘くはありません。

飛行長、砲雷長(私)、航海長の3名に出張の辞令が下ります。

「米空母キティホークに連絡幹部として乗艦せよ」

「!?」

ヘリコプターパイロットの飛行長や防大時代に交換留学でシンガポールに行っていた航海長と違って、私の英語力はTOEICスコア530点程度でしかありません。

連絡幹部として何かの役に立てるとは到底思えないのですが、海上自衛隊は本人の適性や能力とは無関係にとりあえず現場に投入して、後は自分で何とかしろという組織です。

否応もなく、数日後にはキティに乗艦するため横須賀に護送されてしまいます。

 

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艦内(監禁)生活の始まり

横須賀に到着してみると、全国から同じように修理中艦船の幹部が集められていました。

中には入隊以来何かと縁のある仲の良い同期も姿もあり、心強く思いました。(英語力が同レベルということで)

この時集められた幹部は総勢15~20名くらいだったと思います。(ちょっと記憶が怪しいです)

 

キティホークは総乗組員数が5千人を超える巨大な航空母艦で、艦内の広さも日本の護衛艦とは桁違いでした。

5千人というと海上自衛隊の護衛艦約25隻分に相当しますから、護衛艦隊隷下の4個群全てが集約されているといっても過言ではありません。

それだけの人数が一か所に集まっていることもあり、艦内は強烈な『外人臭』が充満しています。

最初の内はこれに慣れることができず常に頭痛がしていましたが、約1週間ほどで慣れて(麻痺して)きました。

いつも疑問に思うのですが、あの臭いの原因はどこにあるのでしょうか?

主として肉食の人が発する体臭だと聞いたことがあります。

ちなみに彼らにいわせると日本人の体臭は『ビタミン臭い』そうです。

 

艦内生活

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気になる食事は、最初は司令部執務室で歓迎会を兼ねて司令官との会食だったのでかなり窮屈でした。

その後は一般士官用のビュッフェスタイル食堂で食べることになりました。(この経緯について行き違いがあり、後で食事代についてもめたようです)

食堂の営業時間は朝昼晩と大まかな時間帯で別れていますが、深夜以外は基本いつでもオープンしており、手が空いている時に食事するという感じでした。

また、そうでなければあれだけの人員の食事を賄うことはできないでしょう。

 

飲み物はフリードリンクの機械が設置してあり基本飲み放題となっていますので、マイカップ(スタバのタンブラーみたいな)を購入して食後は自室に持ち帰っていました。

恐らく一生分の炭酸飲料を飲みつくしたと思います。

食事内容ははっきり言って「う~ん」なレベルですが、ハンバーガー、カリカリベーコン、ソーセージ、パンケーキ、オムレツなどはアメリカ人のソウルフードということもあり美味しかったです。

特にハンバーガーやオムレツは注文を受けてから作るスタイルなので、日本国内のチェーン店に比べれば数倍美味しいと思います。

ただ、朝昼晩ほぼ3食そういう食事をしていたため、1週間ほどで飽きてしまい残りの期間は地獄の苦しみでした。

白いご飯、味噌汁、めざし、漬物、梅干しといった日本食が食べたくて夢にまで出てきましたね。

約3週間にわたって朝昼晩3食ハンバーガー生活することなど、この先の人生においてもないだろうと思います(笑)

 

指定された居住区画は飛行甲板直下の2人部屋で、二段ベット、ロッカー、洗面施設、TVなどがあります。

海上自衛隊の護衛艦との大きな違いは自室にTVがあることでしょう。

いわゆるケーブルTVになっているので、映画、音楽、NEWS、SPORTSなどが24時間放映されています。

ちょっと珍しいのは飛行甲板のモニターチャンネルというのがあって、戦闘機が離発着している様子や航空管制とのやり取りなどが放送されています。

私は実のところそんなに興味がないので何とも思いませんでしたが、軍事マニアにはたまらないシチュエーションだと思います。

 

空母はいうまでもなく24時間態勢でオペレーションを実施しているので、寝ている部屋の直上でも絶え間なく発着艦を繰り返しています。(私は2段ベットの上段)

この騒音と振動はなかなかのもので、当初は発着艦の都度目を覚ましていました。

それよりも酷いのは航空機が着艦した際に使用したワイヤー(ワイヤーにフックを引っかけて着艦する)を巻き込む音です。

飛行甲板の上をワイヤーがガラガラと引きずられる音とそれを巻き込むためのモーター音は非常に不快でした。

これら騒音は私の疲労が蓄積し熟睡できるようになって、次第に気にならなくなっていくのですが・・・

 

入浴は別の場所にシャワールームがありますが、当然バスタブなどはありません。

また、海上自衛隊の護衛艦と違って腰にタオル巻というスタイルで通路を移動するのは憚られます。

洗濯は自室の洗面スペースを使って細々とやっていました。

貯めこむと大変なので、毎日着替えた分を洗濯してベットに引っかけておくのです。

これにより室内の乾燥を防止できるという思わぬ副産物を得ることができました。

米軍の士官は洗濯ネットのようなものに入れて入口のドアに下げておけばクリーニング専門の係員が回収して行ってくれるようで、これは相当に羨ましかったですね。

 

もう一つ大変だったこととして、この頃はまだ口から煙を吸ったり吐いたりする習慣を持っていたため、それが可能な場所へ行かざるを得ないわけですが、あの広大なキティホークにおいて許可されている場所は艦橋、艦尾、飛行甲板直下のオープンデッキの3カ所しかなかったことです。

この3か所の中で私の部屋から最も近かったのが艦橋でしたが、それでも自室から片道15~20分ほど移動時間が必要だったのです。

非番の貴重な時間を往復で1時間も取られるのはかなりの痛手でしたが、それでも行くのをやめようとは考えませんでした。

現在はもうその習慣から解放されているので、当時のことを振り返ると非常に滑稽に思えますが、その時は睡眠時間を削ってでも煙が吐きたかったんですね。

 

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勤務内容

私の勤務内容は、海上自衛隊との共同作戦エリアでのエリア調整というものがメインでした。

同部屋の先輩と2人で24時間を区切って立直することになります。

単純に時間を割ってしまうと立直する時間帯が固定化してしまうので、変則的な時間割をつくってローテーションさせていきます。

これは護衛艦でも同じですね。

2人で回していくということは艦内哨戒第2配備に相当するので、疲労の蓄積はかなりのものです。

まあ、これはほとんどの護衛艦においても同じことで、艦全体の哨戒配備は第3配備であっても哨戒長は砲雷長と船務長の2配備でやっていることが多いのです。

この時は一応最大で6時間の休憩が取れるように配慮して立直の時間割を作成していました。

最大6時間といってもその時間内で食事、入浴、洗濯、一服などを済ませるので、実質の睡眠時間は3~4時間といったところになります。

あとは昼間の隙間時間を見つけて午睡をとりつつ乗り切るしかないですね。

そういう時に限って日本未公開の映画を先行放送していたりするので困ったものです。

当然字幕も吹き替えもないのですが、キティホークで生活しているうちに次第に聞き取れる内容が増えていくので不思議ですね。

語学学習ってやっぱり環境なのかもしれないと思いました。

 

肝心のエリア調整業務というのは海図を見ながら、

「ここからここまでを海上自衛隊でカバーしてほしい」

といったリクエストを受け、その内容を海上自衛隊側に打診するのがメインなので、そんなに英語力が必要とされる場面はありませんでした。

普段から専門用語や作戦用務は米軍のものに慣れ親しんでいるからだと思います。

思ったように英会話はできなくても顔を突き合わせて話をすれば、意外となんとかなるものです。

これが電話になると途端に何言ってるのか分からなくなるのです。

だからこそ、現場(キティホーク)に連絡幹部を派遣する意義があるということです。

 

海上自衛隊からお迎えがくる

長かった共同演習が終了し、海上自衛隊のヘリがお迎えにきてくれることになりました。

我々の収容先は護衛艦「はたかぜ」で、つい数年前まで水雷長として勤務していた艦でした。

しかも、この時の「はたかぜ」艦長は「ちくま」でお仕えした艦長という嬉しい偶然も重なりました。

移乗してすぐに気付いたのは艦全体の雰囲気がとても明るいことで、

「やはり、この艦長が着任するとそれだけで艦が明るくなるんだな」

と改めて感じました。

 

横須賀に帰港するまではお客さんという扱いであるためWATCHもなく、自由な時間があったためCPOや准尉さんたちを訪ねて楽しくお話をして過ごしました。

誰と話をしても

「今の艦長は最高ですよ」

という話題が出てくるのが印象的でした。(さもありなん)

そんな楽しい時はあっという間に終わり「はたかぜ」は横須賀に帰港、我々も佐世保へと帰路についたのでした。

 

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