2003遠洋航海-crop

 

パプアニューギニアを出港した練習艦隊はインドネシア(マナド)に立ち寄ったのち、ジャカルタへと向かいます。

マナドは大東亜戦争において、日本海軍の落下傘部隊が降下した街であり、その後も終戦まで駐留していました。

そういう縁もあり今回の遠洋航海で戦後初めて海上自衛隊の艦船が訪問し慰霊する運びとなったのです。

 

艦橋甲板作業指揮官

 

ただし、ここは朝入港して慰霊行事を行ったあと夕方には出港となったため、街の様子は分かりません。(私は艦で留守番だった)

マナドを出港して5日後にインドネシアの首都ジャカルタに入港しました。

ここまでの海域は沿岸部ということもあり、手漕ぎのカヌーのような漁船が漁を行っていて航行には非常に苦慮しました。

 

ジャカルタ

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インドネシアのネシアとは『諸島』という意味を持つことでもわかるように大小様々な島しょから成り立つ国です。

また日本が敗戦した後、かつての宗主国オランダが植民地支配を復活させようとしたのに対し、武力で独立を勝ち取った歴史を持つ国であります。

その際、多くの日本人が独立運動に参加し命を落としたという事実を多くのインドネシア国民が記憶しており、日本と日本人に対する感情は非常に良好だといえるでしょう。

実際に街を歩いていても、こちらが日本人であると分かった時の反応は、単に好意的などという簡単な言葉では説明できません。

こういう経験を実習幹部だけでなく、日本の多くの若者にも実際に現地へ足を運んで、現地の人たちと話をすることによって感じて欲しいものだと切に願うものです。

そして、先人たちが築き上げてきた信頼関係を損なうことのないよう継承していかなければなりません。

 

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入港した岸壁は大型のコンテナ船が多く係留している商業港で雑然としていましたが、この国の持つ活力を感じさせるのに十分でした。

島しょ国家インドネシアにとって『海運』こそが国の生命線だからでしょう。

またそれは、我が国においても全く同じ事がいえます。

私たちは普通の旅行者と違い空港ではなく港から入国するため、その国に対する見方や印象は少し違っていると思います。

 

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街に出るためには岸壁付近にタムロしているぼったくりタクシー運転手との戦いが必須となります。

私たちはそれなりに場数を踏んでいるので、そう簡単にはぼったくりには合わないつもりですが、相手からしてみればそれでも十分に儲かっているのでしょう。

ぼったくりタクシーには正直頭にくることも多いのですが、日本円に換算すると大した金額ではなかったりするのでそんなに目くじらを立てて怒ることもありませんし、むしろなんとか少しでも稼いで生き抜こうという強烈なエネルギーを体感できることでその差額分は十分に元がとれていると割り切っています。

 

世界最大のイスラム教徒人口国ということもあり、街中には多くのモスクを目にすることができます。

そしてそこには神に祈りを捧げる人々が溢れています。

これは今までの寄港地にはない特色の一つで、私自身過去にイスラム教国で自由に上陸した経験がなかったため新鮮な感覚を受けました。

 

大部分の日本人が持つ美点の一つとして、あらゆる宗教に対して偏見を持たずフラットに向き合えるということがあるのではないでしょうか。

意外と見落としがちなことですが、世界中の人と話をする上で非常に大事な要素だといえますし、今後の日本人が国際社会で飛躍するためのカギだろうと思っています。

ただし、『特定の宗教に対する信仰がない』ということと『無神論者』では、相手に与える印象が大きく変わってしまうので注意が必要です。

どのような宗教でも『無神論者』に対する警戒感は大きいので、対等な人間として扱われない可能性があります。

この世のありとあらゆるものに『カミ』が宿っているという多神教的な考え方は、ごく普通の一神教の人達から非難されたことはありません。

正確に説明することがかえって面倒になりそうな場合は

「わたしはブッディストです」

ということでサラッと流してしまいますけどね。(我家の葬儀は仏教式なので嘘ではない)

 

 

市内に到着した後は、ジャカルタシャングリラホテルのデイユースサービス(税込55ドル)でのんびりして英気を養ことにしました。

遠洋航海中はこのようにデイユースでホテルの施設を利用することが多かったです。(ホントは宿泊したかったが)

日中暑い寄港地が多いということもあり、街中をガツガツ観光して歩き回るのは辛いので、1日はホテルのプールで浮かんでる日が欲しいのです。

航海訓練中は蒸し暑い艦橋でほとんど立ちっぱなしであることが多いので、冷たいプールで浮かんでいると本当にリラックスできます。

 

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翌日は航海長と市内の遊園地へ行きました。

航海長とは航海訓練中のほとんどを同じ艦橋で指導にあたるため、特別な親近感を持っていました。

私よりも6期下のクラスでしたが、その期のクラスヘッド(首席)で幹部候補生学校の幹事付経験者ということもあり、実習幹部から見るとかなりおっかない存在だったようです。(実習幹部や若手個艦幹部が怒られているのを横目で見て、つくづく先輩で良かったと感じていました)

将来間違いなく海上自衛隊を背負って立つ人材であることは間違いないので、事件事故に巻き込まれることなく順調に経歴を重ねていくことを願っています。(ホラヨコ:せっかくメールもらったけど返信不可【mailer-daemon】になるので別アドレスで再送願います)

 

護衛艦の科長クラス(砲雷長と航海長)が二人して遊園地に行くというのもなかなか微妙な絵面なのですが、これが結構楽しめました。

国内ではディズニーランドにすら行かないので、遊園地は前回実習幹部として行ったロサンゼルスのユニバーサルスタジオ以来です。

アトラクションの順番待ちしていると、現地の子供たちに

「大人なのに遊園地で遊んでるの?(推定)」

みたいな感じでいじられましたが、そういう雰囲気が非常にフレンドリーで心底なごみました。

英語が通じるわけではないので会話の中身はあくまでも推測ですが、我々が日本人であることが判明すると一層興味を持っていろいろと話しかけられました。

そういう体験は単純に嬉しいものですし、大事にしたいと思います。

 

今回の記事はほぼ旅行記となってしまいました・・・海上自衛隊の航行訓練ネタを期待されていた方々には申し訳ありませんでした(汗)

次は微笑みの国『タイランド』に向かいます。

 

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