2003遠洋航海-crop

 

フィリピンを出港し、日本への帰路につきます。

4月に日本を出発して早くも5か月が経過しようとしていました。

私たちの時代とは違い2課程(一般大学出身者)も遠洋航海中に部隊配属発表が行われます。

以前、2課程出身者には帰国後約2か月の航空実習があったのですが、いつの間にか廃止になっていたからです。

こういっては何ですが、毎日搭乗実習と部隊配属発表をひたすら待ち続けるだけの実習だったからかもしれません。

 

フィリピンを出港した後、晴れて(残念ながら?)艦艇職種に選ばれた実習幹部は自主的に艦橋で立直して、帰国後すぐに始まるであろう『副直士官業務』の習得に努めます。

はっきりいってそれまでの実習とは本気度が違います。

大勢の実習幹部の中の一人ではなく、自分に必要な知識を吸収しようという姿勢があるからでしょう。

実習はどこまでいっても実習でしかなく、真の学びは実践の中にこそあるのだと思います。

もちろん実習で培った基礎があってこそ、即実践に繋がるのですが。

 

Sponsored Link

 

こうして最後の航程も無事に終了し、2003年9月8日再び日本の表玄関である晴海港に戻ってきました。

非常に多くの出迎えの人たちがいるのを見て、時代が変わったなあとしみじみ思います。

必要以上にちやほやされるのはどうかと思いますが、必要以上に虐げられるいわれもないと考えるからです。

そういう意味で、この時の出迎えの印象は過不足ないものと感じました。

この『過不足なし』という感覚は勤務の上でも非常に重要な要素だといえます。

 

晴海港に接岸して係留が終わると、実習幹部達が整列して艦を降りて行きます。

我々「さわぎり」乗員一同でそれを見送るのです。

江田島で乗艦してきたころに比べれば、一人一人の顔つきが全く違っていることがはっきりと分かります。

自分たちもそんな感じだったのだろうと思いながら、今は実習幹部ではなく正真正銘の幹部となった後輩たちの顔を見て嬉しくなりました。

 

帰国歓迎行事が終わると早速「さわぎり」に配属された2名が着任しました。

新通信士と新砲術士の2名で、両名とも2課程出身者です。

今まで実習してきた艦に着任するメリットは、移動が容易ということと既に幹部や乗員の顔を知っているので気分が楽だということでしょう。

デメリットはこのまま佐世保に帰港するまで娑婆はおあずけということでしょうか(笑)

 

翌9日に晴海を出港した「さわぎり」は2日後の9月11日に母港佐世保に帰港しました。

私にとっては3月に佐世保を出港して以来6か月ぶりの帰宅ということになります。

 

長期海外行動から戻って感じることは、『日本の治安の良さ』と『生活の利便性の高さ』です。

何でも思ったものが容易に入手できるということにおいて、世界水準を突出している感があります。

国民は秩序を保って生活しており、それがこの国を快適にしているのだということが実感できるようになるのです。

 

しかし、一方で『あるべき姿』を演じなければならないという閉塞感を感じます。

『日本人としてこうあるべき』を始め『〇〇として~であるべき』という目に見えない枠組みに縛られていることが窮屈で息苦しいのです。

成熟した社会だからこその悩みなのでしょうが、途上国などで感じる『躍動する生命力』といったものを感じることはありません。

決められた枠組みの中でなんとなくぼんやりと生きているだけ、そんな印象なのです。

 

『自分がどうありたいか』よりも『自分はどうあるべきか』を優先させているからではないでしょうか。

それはもちろん大切なことに違いないのですが、自分の一生の可能性がだんだんと狭くなっていくことにある種の恐怖感を覚えました。

この遠洋航海で得たものは、自分が実習幹部の時に得たものとは明らかに異質なものだったのです。

 

Sponsored Link