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2014年4月16日、韓国の大型旅客船「セウォル号」が転覆事故を起こしたという報道を聞いて、すぐに思い出したことがありました。

それが、初めての実任務だったということも大いに関係していると思います。

 

残念ながら、船舶の名称や詳細な日時などの記録は残していないのですが、事件の経緯はよく覚えています。

恐らく季節は秋だったと思います。

私たちは、対馬海域で単艦行動中でした。

 

天候は次第に悪化してきており、荒天航行準備をしつつ比較的静かな海域を探しながら航行中していたところ、国際VHSで「MayDay」を受信しました。

初めは

「イタズラかな?」

と思っていましたが(国際VHSで歌を歌ったり、口笛を吹いたりするイタズラは結構多い)

「積み荷がバランスを崩して船が傾き、転覆した。今にも沈没しそうだ」

というようなことをしきりに訴えています。

 

英語に堪能な航海長が詳しく状況を聞き取り、現在位置を聞くと本艦の現在位置からさほど遠くはありませんでした。

そのやり取りを傍受していた海上保安庁からも

「貴艦が一番現場に近いようなので、状況確認に向かってください」

と依頼され、救助活動に向かうことになりました。

 

こう文章で書くと簡単に思えるかもしれませんが、実際は通報者(船長)が完全にパニック状態で、とにかく

「助けてくれ」

「船が沈む」

を繰り返すばかりで、なかなか現在位置を聞き出せませんでした。

 

船が完全に沈没する前に救命ボートを降ろすことと、乗組員の安全を確認することを指示しつつ、なんとか現場に到着しました。

当該船舶は完全に横倒しになり、救命ボート付近に人影が見えていました。

 

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護衛艦は通常、船舶救助活動を想定した訓練は実施していません。(これ以降乗艦したどの護衛艦でも同様です)

つまり、全てがぶっつけ本番の出たとこ勝負ということです。

 

現場付近で速力を落とし、救助活動に取り掛かろうとすると、大きな波とうねりで艦は上下左右に大きく傾きます。

真っ暗な海面を照らすため、探照灯を当該船舶に向けて照射することさえ、この動揺では困難を極めました。

 

この時の最大傾斜角度は40度を超えていたと思います。

艦が40度傾くと、床が壁になります。

普通には立っていられません。

艦を完全に停止することは危険であるため、艦長が動揺を最小限にするべく操艦を続けておられました。

 

私は通信士として艦橋に居ましたので、周囲に壁もありそれほど危険な状態ではありませんでしたが、運用員を主体とした甲板作業員は艦の動揺や時折叩きつける波と戦いながらの救助活動でした。

結果、約30分ほどで全員を救助し艦内に収容できました。(救助作業員の応用力と度胸に感服しました)

 

この収容作業の時、極めて印象的な光景を目にすることになったのです。

一番近くにいた船員にロープを投げたところ、船員が掴んでいるそのロープを強引に奪い取って、真っ先に登ってきた人間がいました。

それがこの遭難船の船長(韓国籍)でした。

 

私達は、その光景に唖然としながらも、とにかく1分でも早く全員を救助するため淡々と作業を続行しました。

この救助活動中も船長は、

「積み荷と船をなんとか元に戻せないか」

としつこく絡んでいました。

 

全ての乗組員(フィリピン籍:10名)が全員無事に収容されたことを伝えても全く関心を示さず、とにかく船と積み荷の事ばかり。

彼の気にしていた貨物船は、この数十分後には完全に水没し消えてなくなりました。

ちなみにこの貨物船は、H鋼材を運搬中だったのですが、沈没の原因は過積載による復元性能の低下でした。

この後、海上保安庁に救助した乗組員を引き継いで、この救助活動は終了したのですが、移乗する際も口々に感謝を述べるフィリピン人とは対照的に、船長の口から感謝の言葉が発せられることはありませんでした。

 

もう20年も前の出来事ですが、その時の情景は今でも鮮明に記憶として残っています。

冒頭で取り上げたセウォル号の海難事故と酷似している点は2つあります。

  1. 船長が真っ先に救助されたこと
  2. 沈没の原因が過積載であること

ゆえに、すぐにこの時のことを思い出したのでしょう。

 

セウォル号と異なる点は、一人の犠牲者もでなかったことです。

この救助活動に関わった者として、これが何よりも嬉しい成果だったといえます。

 

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