maizuru-photo02

引用元:https://pa.kkr.mli.go.jp/

 

約1年の勤務ですっかり居心地のよくなった『せんだい』を転勤する日がやってきました。

前日から最後の当直で艦内に泊まり込んでいた私は、総員起床の前に何やら周囲が騒がしことに気が付きました。

1995年1月17日(火)阪神淡路大震災発生、そしてこの日が私の転勤日だったのです。

 

当日の朝は、佐世保でもかなり揺れたはずですが、当直のため岸壁係留中の艦内で寝ていたため、ほとんど揺れを感じることはありませんでした。

「もしかすると、緊急出港して救難に向かうかもしれない」

と思いましたが、『せんだい』はとりあえず待機ということでした。

わたしの転勤も予定通りということになりました。

 

朝の分隊整列時に、初任幹部としては異例の『5級賞詞(職務精励)』を頂き、帽振れで見送りを受けます。

着任から今までのことが次々に頭の中に思い出され、感極まりました。(着任から数か月はホントに苦しかったので)

この帽振れという海軍伝統の見送り儀式は、本当に素晴らしい文化遺産だと思います。

 

Sponsored Link

 

舞鶴へ

感動の帽触れも終わり、いよいよ移動しなければなりませんが、大きな問題がありました。

佐世保から舞鶴(京都府)に移動するためには、本来であれば新幹線で神戸を通過する必要があるということです。

震災発生からまだ3時間ほどしか経過しておらず、被害の全容は明らかではありませんでした。

 

赴任先の『しまかぜ』に連絡したところ、舞鶴地区の被害状況は軽微なので、時間がかかってもよいから着任するように指示を受けました。

新幹線は岡山までは運行しているようでしたので、そこまで行って北上し鳥取から日本海沿いに舞鶴に向かうことになります。

この岡山から鳥取そして舞鶴に向かうルートは、限定的ながら唯一運行されているルートということもあり、驚異の乗車率でした。

東京のラッシュ時の山手線と同様の状態で数時間かけて移動することになったのです。

 

転勤の荷物が入ったボストンバックは、ずっと頭の上に乗せたまでした。

佐世保を09:00に出発して舞鶴到着は22:00頃、壮大な移動となりました。

ここでも着任の挨拶や前任者からの申し継ぎを受けつつ数日をすごしたのち、任務ガスタービン課程入校のため横須賀の第2術科学校へと再び移動することになりました。

 

Sponsored Link