cat-609170_640

 

底触によって変形したプロペラの臨時修理を終了し、再錬成訓練が始まりました。

事故さえなければ、やる必要のなかった訓練による出港の毎日が始まります。

 

同乗の隊司令からは操艦号令の抑揚がおかしいとか、話し言葉の語尾が馴れ馴れしい(・・・ですので」が「・・・ですよね」に聞こえるそうです)など『坊主憎けりゃ袈裟まで憎い』方式で叱責される毎日でした。

指導と叱責の差は受けている当人が一番敏感に感じるものです。(良い教訓を得ました。ですが、人間関係はあくまでも個人と個人の波長の問題ですから、好き嫌いがあるのは仕方のないことです。)

 

罪人としては何を言われても『忍』の一字ですが、頭の中では山本五十六元帥の『男の修行』を思い出して耐えていました。

「言いたいことも有るだろう・・・」というあれです。

 

艦の雰囲気は一変して悪くなり、あちこちで不満がささやかれるようになります。

そんなある時、昼食のカレーに金属研磨剤『ピカール』が混入されます。

他の幹部が何も言わず食べていたところを見ると、士官室係から私個人に向けられたテロ行為だったのでしょう。

 

Sponsored Link

 

自分たちのこの不遇(毎日出港して訓練)は航海長が招いた不幸だといいたかったのかな?

それまで、艦全体の雰囲気も良く一体感を感じていただけに精神的にはかなり堪えました。

『終わり良ければ全てよし』の反意語は『終わり悪ければ全て悪し』ということなのかもしれません。

 

そんな苦しい中でも、最後まで信頼を寄せてくれたのが艦長と航海科員でした。

肉体的精神的に苦しかった再錬成訓練が終了した頃、転勤の内示を受けます。

航海長として着任してから、わずか10か月での転勤です。

 

配属先は横須賀のプログラム業務隊・・・初めての陸上配置です。

「ナニスルトコロダロウ?」というのが正直な感想でした。

 

しかし、この配置についてわざわざ司令から「左遷じゃないからな」と念を押されたことで

「ああ、陸上部隊に干されたということか」と思い知らされました。

(航海長終了後の5配置目で陸上配置なることは、本来であれば普通の人事であすますが、今回はこのタイミングですから・・・)

 

全体の見送りの前に艦橋で航海科員に暖かく見送られたことがせめてもの救いではありましたが、何かに追われるように寂しく舞鶴を後にしました。

 

Sponsored Link