submarine-246178_640

 

順風満帆であった航海長勤務の終盤にとんでもない落とし穴が潜んでいました。

当時事故に関して報告された内容と事実では異なる部分があるため、今まで公にすることはありませんでしたが、当時の関係者の多くも既に退官しており時効ということで。

 

個艦訓練行動の一環として、青森県むつ市にある大湊港に入港する時の出来事です。

冬季の大湊港は、釜臥山から吹き降ろす強い風にさらされることになります。

護衛艦という重量物でさえ、自艦の行足がなくなった時に受ける風の影響は極めて大きいのです。

また、地形的には砂州である芦崎に囲まれた水域であることから、可航水域が常に砂の堆積により変化するのです。

 

Sponsored Link

 

事故報告では、艦長の艦の運航全般に関する責任と航海長の海図補正ミスに基づく艦位把握が不十分だったことが主因とされていました。

それはそのように誘導され、自ら事故調査を作成して提出したからに過ぎません。

 

海図補正ミスに関しては確かにその通りで、見落としによる補正指示の欠落は事実です。

しかし、それは事故の主因を個艦に帰するための後付けの理由でしかありません。(入港進路は大湊在籍護衛艦使用のものを事前取り寄せ、完全コピーして作成)

そのように結論付けるように、ある筋からの誘導があったことも事実です。(詰め腹切れってことですね)

 

しかしながら埋もれた真実がそこにあるのです。

それは、事故の直前に曳船(タグボート:出入港補助に使用する)が浅瀬に織り上げており身動きが取れず、本艦の支援要請に応じることができなかったということです。

その後、本艦は風で流されたあげく底触してプロペラを損傷、曳船はいつの間にか自力で脱出し、その責任を問われることもありませんでした。

言い換えれば、曳船が要請に応じて支援できていれば、本艦が底触することはなかったと考えています。

 

この事実について、在職中はもちろん退職後も今までずっと沈黙を保ってきました。(親しい同期には愚痴っていたかも)

今になって沈黙を破ることは男らしくない行為かもしれませんが、事実を事実として残しておく意義の方が大きいと判断しました。

自衛隊は私の知る限りオープンで公正な組織ではありますが、こういった『臭いものに蓋』式の思考回路が存在していたのもまた事実です。

 

Sponsored Link