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台風避泊その1からの続きです。

台風の接近に伴い、慌ただしく横須賀を出港し避泊錨地へ入港、準備万端整えて静かに嵐が過ぎ去るのを待っていました。

待っているといっても何もしないわけではなく、艦橋において『台風WATCH』を組み、数時間毎に交代して自艦や他船の位置情報をプロット(描画記録)しつつ、危険の兆候を監視しているのです。

 

風雨ともに次第に強さを増し、錨泊中であるにも関わらず艦の動揺が大きくなってきました。

そんな時、艦橋から士官室にテレトーク(区画間のブローキャスト型通信機器)にて

「本艦の右〇度、〇〇ヤードの貨物船近づきます。走錨の可能性あり!」

と通報が入りました。

運航幹部は直ちに艦橋へ、機関幹部は機関起動準備に取り掛かります。

レーダー画面上のプロット(描画記録)から、彼我の距離が近づいてきていることは明白です。

また、本艦の位置は地理的に一定範囲内に収まっていました。(想定範囲内)

つまり、当該貨物船が走錨しているのです。

 

出港は不可避となりましたが、捨錨出港かそれとも揚錨出港かを決定しなければなりません。

しかし、この数日後にどうしても外せない行動予定があったのです。

「出来れば揚錨出港したい」

これが艦長の意図するところでした。

艦長:「水雷長、前部指揮官として揚錨は可能か?」

水雷:「掌帆長(運用員長のこと)と相談してきます。3分下さい」

急いで科員室に降りると、掌帆長を伴って前甲板へ向かいました。

前甲板は既に波で洗われている状態です。

掌帆:「かなり厳しい状況ですね。作業員の配員を見直した方が良さそうです」

水雷:「揚錨作業指揮は掌帆長に一任する。俺は伝令と一緒に掌帆長をサポートするよ」

通常時ならともかく、この荒天状況では階級や面子にこだわらず、指揮を掌帆長に任せた方が良いというのが私の判断でした。

掌帆:「分かりました。それで行きましょう!」

すかさず艦橋に向かって両手で大きな丸を示します。

間髪入れずに

「出港準備、前部員錨鎖詰め方!」

艦内号令が響きます。

 

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「てしお」の前甲板には3インチ砲が設置してあり、その前方にはブルーワークと呼ばれる波除がついていました。

揚錨機のコントローラーを操作する掌砲長(射撃員長)と作業員の大部分をそこに待機させ、必要な時だけタイミングを見て作業させることにしました。

錨鎖孔付近(甲板上の錨鎖から海面に繋がる穴)には掌帆長、その横に艦橋との伝令、そして、その二人が作業に集中させるため周囲の警戒及び指令伝達のダブルチェックを私が担当しました。

猛烈な風雨と波うねりの外力を受け、錨鎖にはテンション(張力)がかかっています。

艦長の操艦によりこのテンションを緩和してもらいながら、隙をみて錨鎖を巻き上げてゆきます。

掌帆:「前進の機械をお願いする」

掌帆:「(錨鎖)巻き込み、1ノッチ!」(1ノッチは最も遅い巻き込み速度です)

これを繰り返しながら、長時間に渡る作業を淡々と続けました。

私は掌帆長のリクエストが、確実に艦橋や揚錨機コントロールに伝えられているかを確認することに努めていました。

連携が上手くいかなければ、揚錨機を破損する可能性がありますし、作業員が怪我をすることも考えられるからです。

 

作業が進み残りの錨鎖が少なくなるにつれ、把駐力が低下し艦の動揺も大きくなってきました。

前甲板は喫水線から少なくとも4mはあったのですが、波が甲板を常続的に激しく洗うようになります。

足首が浸かる程度の波でさえ、かなり大きな力を感じ、何かにつかまりながら立っているのがやっとです。

波打ち際に打ち寄せる波の力とは段違いなのです。(波打ち際に到達する波は、減衰によってほとんど力を失っている)

そんな最中、艦の上下動と波のタイミングが悪く膝の高さまで波に洗われ、一瞬の内に体を流されてしまいました。

幸い命綱(安全帯)が利いてくれて上半身は舷内に留まりましたが、もし命綱がなければ確実に舷外に投げ出されていたでしょう。

そうなれば、波に飲み込まれてどうなっていたか分かりません。

私が流されそうになった姿を見て、艦橋にいた砲雷長が笑っていた(らしい)ことに、前部作業員達は怒りを爆発させていました。

私自身それを聞いてかなり不快に感じましたが、幹部という立場でこれ以上火種を大きくするわけにもいきません。

そこで艦橋に

「作業終了後、甲板作業員に対し入浴を許可して頂きたい」

と要請し、許可を得ました。

旧型護衛艦である「てしお」では、まだまだ水は貴重品でしたので、特別入浴はご褒美といえるからです。

それに実際のところ、作業員全員が雨と海水で全身びしょ濡れだったのです。(私に至っては一度完全に海中に没しているので、乾燥している部分は皆無であった)

 

頼りになる職人肌の掌帆長のおかげで、何とか全員が怪我をすることなく作業を完遂することができました。

現在でも、掌帆長に指揮を委任した自分の判断は間違っていなかったと思います。(もちろん賛否両論あるでしょうが)

困難な状況に対してともに戦ったことで、前部作業員たちとの絆はより一層深くなりました。

 

無事に出港した後も、荒れ狂う海上では数時間の格闘が待ち構えていました。

しかし翌朝、台風一過の真っ赤に焼けた朝日を見ながら、横須賀に向かう胸の内は清々しい気持ちで一杯だったことを今でも懐かしく思い出します。

 

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