anchor-668129_640

 

現代テクノロジーの塊である護衛艦での勤務ですが、船乗りの原点ともいうべきノスタルジアを感じる作業の一つが投錨作業です。

運用作業というものは、大航海時代からあまり変わらない性質のものだからでしょう。

護衛艦の停泊方法には大きく分けて3つあります。

岸壁係留、浮標(ブイ)係留、そして錨泊です。

錨泊するために、錨を海底に投入する作業が投錨作業です。

以下その作業の流れを説明します。

 

錨地が決定されたならば、前部指揮官(ここでは私、水雷長)は海図で水深と底質を確認し必要な錨鎖長(錨を繋いでいる鎖の長さ)を計算します。

これは水深と海面状況に応じて、係数をかけたり足したりして決定します。

「入港準備、前部員左(右)錨用意、前中後部指揮官艦橋」

の号令で、艦橋へ行き投錨作業に関する意識合わせ(水深、底質、予定錨鎖長や作業上の注意事項)を実施します。

この後、甲板に降り作業の進捗状況を見て、甲板作業員を集合させて艦橋で話し合った事項を各員に示達します。

 

Sponsored Link

 

通常錨は船体に密着した状態まで巻き上げられて、強力なブレーキ(錨鎖環)によって固定されています。

それを解除して海面近くまで巻き出し、ドラム式の操作が容易なブレーキとストッパーと呼ばれる金具で仮止めします。

この状態を『吊り錨』といいます。(海面に錨を近づけることによって、着水時の衝撃を緩和させる)

ここまで準備できれば整列して、錨地が近づくのを待つことになるのですが、この時の風情がなんともいえず好きでした。

いざ投錨作業が始まってしまえば危険を伴う作業であるため、緊張感を持って集中して作業することが求められます。

そのためこの整列時のひと時は、試合に臨む前の武芸者のような心地がするのです。

聞こえてくるのは、艦が波を切って進むシューという音、そして風の音のみです。

 

やがて、入港ラッパと「入港用意」の艦内号令によって、投錨作業のための配置に就きます。

ここから先は、最終的に係留状態に至るまで気が抜けません。

艦は予定錨地に向かって徐々に行足を落としながら進んでゆきます。

そして、一度この地点を通過します。

これが第一回錨地で、この時水深と底質を確認するため測鉛手に測深を命じます。

測鉛手は『測鉛台』と呼ばれる50センチ四方の舷外に突き出した台の上で、測鉛(柔らかい鉛についた付着物で底質を判断)を投入し水深と底質を測定します。

そして、その結果を独特の抑揚をつけて報告するのです。

「ふたーじゅうーふたー」(水深22メートル)

「てーしつー、どろー」(底質泥)

江戸時代の物売りの抑揚をイメージして頂ければ良いかと思います。

これがまたなんとも風情があって、これを聞くたびに

「あー、俺たちは船乗りなんだなあ」

としみじみ感じるのです。

 

さて、第1回錨地で無事に測深できたら、艦は後進をかけて真っすぐに同じ針路を戻ってきます。

そして、再び予定地点に到達した時(第2回錨地)、艦長は

「錨入れ!」

の号令を発します。

間髪入れず、前部指揮官は

「スリップやれー!」

とハンマーを持った作業員に令します。

作業員はハンマーを振り下ろして、ストッパーを止めているスリップという金具を外し、錨及び錨鎖は自重によって勢いよく走出してゆきます。(ドラムブレーキは事前に緩めている)

この流れが、スムースに進めば良いのですが、ハンマーが上手くヒットせず(この時点で軽くパニック状態)何度も打ち直すと、そのロスした時間分は錨位がずれることになります。

単艦行動中ならともかく、艦隊行動中で一斉投錨する時など、所定錨位から規定範囲内に収まらなかった場合には最悪やり直しになるのです。

そのため、ここぞという時(艦隊行動)はベテランのスリップ員(ハンマー係)を指定していましたが、余裕がある時は極力若手の作業員に経験を積ませるようにしていました。

誰だって最初から何でも上手くできるわけではないので、経験こそが資産なのです。

 

さて、作業の話に戻りましょう。

走出する錨をそのままにしていては、錨鎖がダンゴ状態になってしまい適切な把駐力が得られません。

そこで前部指揮官は艦の行足と錨鎖のハリ具合を確認しながら、段階的に小出しにしてゆきます。(ブレーキ員に対して、ブレーキを緩めろ、閉めろを繰り返す)

最終的に予定錨鎖長を出し終わり、錨鎖のたるみと艦の行足が止まったことを確認して

「錨鎖よろしい」

と艦橋に報告します。

艦橋は錨位を測定して、規定範囲内に収まっていることが確認できたなら

「止めきり」

と号令してきます。

これによって、錨鎖環と呼ばれる強力なブレーキでしっかりと止めて係留完了となります。

「錨よろしい」

を報告し、艦橋から

「別れ」

の令を持って解散します。

ようやく緊張から解き放たれ、なんとも言えない安心感に包まれるひと時です。

 

前部指揮官の配置は、以前「てしお」水雷長の時も経験していたので、作業の重要ポイントは心得ていました。

「てしお」との決定的な違いは、艦の排水量に伴う錨と錨鎖の大きさで、「はたかぜ」の錨鎖に比べれば、「てしお」の錨鎖はおもちゃのようなものでした。

この巨大な錨と錨鎖が走出すると時の迫力はけた違いでした。(ブレーキもなかなか利かない)

また、投錨作業に限ったことではありませんが、「はたかぜ」の前部員にとって非常に有難いのはブルーワーク(波除け)の存在です。

見た目がかっこいいというだけでなく、風が直接当たらないということは最大のメリットなのです。(特に冬季の整列時)

 

作業の流れについて、なるべく簡潔に説明したつもりですが、かなりの長文になってしまいました。

護衛艦の作業について予備知識のない人が、この文章を読んで理解できる内容になっているのか疑問が残ります。

今後、文章表現力が向上したら、また違う切り口で記事を書くかもしれません。

 

Sponsored Link